愛していると囁けたなら。
それはまるでどっちつかずの自分の心を映しているようで。
「なんでだろうなぁ…」
ビュッデヒュッケ城に『炎の英雄』として与えられた部屋からは、城の中庭が一望できる。薄い雲を通して淡い光が地面を照らす中、立ち話を続ける人影を見下ろして小さく呟いた。 事務的な話ではなく、他愛のない雑談でもしているのだろう、話している内容こそは聞き取れないが、時折軽やかな笑い声が届く。
ふたりともビュッデヒュッケ城では「目立つ」部類の人間だ。美貌やら突出した個性やらだけではなく、人目を惹きつける何かがある。確固とした戦いの腕だけではなく、カリスマとでも呼ぶべきそれらを備えているからこそ、部下を率い戦に出ることができるのかもしれない。名ばかりの英雄である自分とは大違いだ、と思う。
「なんでなんだろうなぁ…」
ぺたりと窓硝子に額を押し付けて、ひたすらにふたりを見つめる。気安い間柄であることは一目瞭然だった。美男と美女でお似合いだという声も無理のないことだと思う。もちろん、ふたりがそのような関係ではないことを知っているけれども、いつかはそうなってしまうのかもしれない。
そうならなければいい、と思う。けれども、だからといって自分に何ができるわけではない。ただこのように一方的に彼女を見つめるばかりで、話さえまともにできない有様では、行動以前の問題だ。
彼女は自分にあんな笑顔は見せてくれない。彼女は自分にあんな風に心安く話しかけてはくれない。
けれどもそれはヒューゴだって同じだ。憎めばいいのか、恋い慕えばいいのか。晴れているわけではなく、雨が降るでもないこの天気と同じように、どちらともつかないまま途方にくれている。
ただ一言、告げられたのならば変わるのだろうか。好きだ、そう告げることができたなら、混沌と渦巻く自分の中の気持ちをはっきりと形作ることができるだろうに。あるいは、嫌いでもいい。どちらにしても、言葉にしてしまえば、きっともう悩まないですむはずだ。
「…………」
呟いた言葉は、音にすることもできず、唇をかみ締めたヒューゴはそっと瞳を閉じた。
今は、まだ。
作品名:愛していると囁けたなら。 作家名:猫宮 雪