淋しがりやの子供
はじめてこの人を見た時、何故か、何故か、そのてのひらに触れてみたくなった。
勿論、その時はそんなことはしなかったけれど(する暇も無かったというのが正解。次の瞬間には兄貴が彼に向かって自販機を投げていたから)、それから彼を目にする度にいつも同じ願望が頭を過ぎる。
そのてのひらに、触れてみたい。
何故か、何故か。
自分の手を穴が開くほど見つめて考えて見るのだけれど、答えはそこには書いて無かった。
なら何処に書いてあるのだろう。
今度は、兄貴のてのひらに触れてみることにした。
兄貴の手はいつも、温かい。
それを口にすると、兄貴は首を緩く傾げて「そうか?」と答えて、すぐに手を離したがる。
恥ずかしいのと、多分、もうひとつ。
だから余計に俺は、兄貴の手を離したくなくて、気が済むまでずっと。
ずっと、握っていた。
力ない、てのひらを。
それでも、答えは見つからなかった。
そんな俺の、短絡的で幼稚な願望が叶ったのは唐突だった。
折原臨也
名前を指でなぞる。
臨也、臨也。何処かで聞いたことがある、と考えた。
嗚呼、何処だったっけ。
臨也、臨也。
嗚呼、そうだ。
あの人の、名前だ。
「ああ、そこに落ちてたんだ」
どうもありがとう、と後ろから伸びて来た手が、泥まみれの生徒手帳を取っていった。
振り返った俺の顔を見ると、折原臨也は驚いたように二三度瞬きをして、にこりと笑った。
「幽くんじゃん。シズちゃんの弟の」
いやあ、なんてゆうか似ても似つかないよねー
それとも君も大人しい顔をしてキレたら怖いとか?
ああ、でも感情をコントロールできてないという点では確かに似通ってるかもしれないねぇ
血の繋がった兄弟の間でここまで対極にそれが出るとは本当面白いね
「あの」
「何だい?」
「手」
「手?」
触っても、いいですか
意外にあっさりと口から出た言葉。
恥ずかしさも、躊躇いも無い。
彼の言葉を使って言うのなら、純粋に、”興味があったから”。
「何、君もしかしてそういう趣味があったりするの?」
「いいですか?」
「聞いてないね」
手を掴んで、ぎゅっと力を込める。
冷たい、てのひらだった。
指先も、なにもかも、触れる箇所から伝わる絶対零度。
つめたくて、いたかった。
力ない、てのひら。
嗚呼、答えはたぶん、ここと、あそこの直線状の交点。
「臨也、さん」
「何」
「兄貴は貴方のこと生ゴミより嫌いだって言ってましたけど」
たぶん、
「大嫌いなだけだと、思います」
淋しがりやの子供