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桑野みどり
桑野みどり
novelistID. 52068
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天使の糧

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「久しぶりに全員揃ったあるね。今日はご馳走ヨ」
張々湖が張り切って料理を作り始めた。仲間たちから歓声があがる。

「いやあ嬉しいね。張大人の料理がまた食べられるとは。」
学者生活を始めてからはご馳走なんて縁がなかったからさ、とピュンマが笑う。
「うん、僕も。ここ何十年間何も食べてなかったような気さえするよ」
ジョーが切なそうな表情を浮かべた。

「グレートは時々こっそり食べに行ってたわよね。知ってるんだから」
フランソワーズが少し拗ねたように言う。
「いやいやそれはだな…情報収集の一環として…」
諜報部員として世界を駆け回っていた007には一番チャンスが多かった。たびたび変装して張々湖の店を訪れていたことは003の目にはお見通しだったらしい。
うらめしそうな視線がグレートに集まる。サイボーグといえども食べ物の恨みは深いものだ。ごほん、とグレートは咳払いをし、話題を変えようと立ち上がった。
「さ、皆の衆、テーブルの準備をしようか?椅子は足りるかな」

天気がいいからテラスで食べようか、という流れになり、ジェロニモが大きなテーブルを担いで移動させる。
せっかくだから花瓶に花を生けようだの、テーブルクロスを探してこいだの、賑やかに準備が進行していく。
こんな和やかな時間は本当に久しぶりだ。懐かしい感覚に身を浸しながら、ハインリヒはニヒリズムが癖になったような口の端に珍しく柔らかい笑みを浮かべた。
しかし…何かが足りないようだと、ふとハインリヒは振り返った。
「…ジェット?」
こんな場面には誰よりもおおはしゃぎするはずの人物が見当たらなかった。

「ジェットならお花を摘みに行ったわよ」
フランソワーズの声に、なぜかジョーが突然吹き出す。
「…?」
「ごめん、フランソワーズ。文字通り『花』を取りに行ったってことだよね」
とっさに補助頭脳でお花摘みの意味を検索したらしいフランソワーズが顔を赤らめて「当たり前でしょ!」と言う。
「タバコ吸いに行ってくるなんて言うから、用事を押し付けてあげたの。だって…なんだか」

 そのままどこかに消えてしまいそうだったんだもの。

フランソワーズの不安げな言葉に、ハインリヒは何かひやりとしたものを感じた。
(あいつ…またどこかに行っちまうつもりじゃなかろうな)


キッチンから何種類もの美味しそうな匂いが漂い始めた頃、ジェットは色とりどりの花を抱えて戻ってきた。
「ありがとう、ジェット。まあ、こんなにたくさん」
フランソワーズが花を受け取り、手早く花瓶に生けていく。

「ジェット、できた料理から運んでいくよ。手伝ってくれる?」
キッチンからジョーが顔を出した。

「つまみ食いするなよ」
彼が戻ってきたことに内心ほっとしながらハインリヒが軽口を叩いた。
「…しねえよ」
ジェットは反論せず、スッと目線を外すと呼ばれた方へ歩いて行った。

(なんだってんだ…調子狂うぜ)
ハインリヒは、ジェットのおとなしすぎる反応に眉をしかめる。

一時的に対立関係にあったというわだかまりは、ギルモア博士との握手で氷解したのではなかったのか。
ジェットの内心には依然として疎外感のようなものがあるのだろうか。

「あれ…ジェット?食べないのかい」
張々湖のご馳走を美味しそうにつついていたジョーが不思議そうにたずねた。
さっきからジェットは酒のグラスを干すばかりで、料理には手をつけていないように見えた。
「そうあるよジェット。お酒ばかりじゃなくてワテが腕によりをかけた料理を味わってほしいある」
あんさんの好物もあるのことよ、と張々湖が皿を押し出す。

「ああ…もらうよ」
ジェットはニッと笑って皿の上の料理を口に運んだ。
「やっぱうめーや!天才だよ張大人」心底幸せそうな満面の笑顔でジェットは絶賛する。

しかし次の瞬間、ジェットの喉がヒクリと痙攣したのをハインリヒのターゲットアイは見逃さなかった。笑みを浮かべていたジェットの表情がみるみる凍りついていく。
まだジョーや張々湖は気づいていないようだ。
チッと舌打ちをしてハインリヒは素早く立ち上がった。硬直しているジェットを床に引きずり下ろし、固く閉じた口をこじあけて無骨な機械の指を突っ込む。
「阿呆が。我慢するな」
苦虫を噛み潰したような顔のハインリヒが言った。

「がはっ、うぐ…っ」
まるで毒でも飲んだかのようにジェットの体がのたうつ。
(吐き出す機能も弱まってるのか…)
これは少し時間がかかるな、と判断したハインリヒはジェットを肩に担ぎ上げるた。
「悪い。みんな食事を続けてくれ。この馬鹿は心配いらん」

「え…ジェット!?…ハインリヒ!」
後ろから追いかけてくる心配そうな声に「大丈夫だ」と返し、ハインリヒはその場を後にした。


喉に詰まったものをハインリヒの助けを借りて全部吐き出してしまうと、ジェットはようやく苦しさから解放された。まだ荒く息をつきながらずるずると倒れこみ、目を伏せた。
「…ごめん、アルベルト」
「まったくだ」
「…ごめん」
「お前、謝るポイントを間違えているだろう」
え?とジェットが戸惑った表情を見せる。
(やっぱり分かってないのか…)
ハインリヒはため息をついた。
「で、いつからなんだ」
「……」
「エネルギー変換炉。イカれてるんだろうが」
「イカれてるってほどじゃない…。液体栄養剤は飲めるし、酒だって。ただ…固形物は…」
「食べられないのか?」
「……」

『食べられない』
ジェットは改めてその言葉にショックを受けたようにうなだれた。

「NSAでメンテナンスを受けていたはずだろう」
「受けてた…けど。人間の食べ物が食べられなくても、栄養は摂取できるから。それにエネルギー原液の方が効率がよかったんだよ。…ほら、俺の体って燃料たくさん使うからさ」
自虐的に笑うジェットの表情は、彼が彼の祖国でどんな扱いを受けていたかを物語っていた。

(そんなふうに笑うな)

(自分を人間じゃないみたいに言うな)

そう言って怒ってくれたのは、お前だろう?
ハインリヒは拳をきつく握りしめた。

「張大人の料理…さ、本当に食べたかったんだ。それは本当だ。」
「ああ」
「食べられないのは分かってた。でも…なんかさ、今なら食べられるかもって…思っちまったんだよな」
 ジェットは儚く笑うようにして目を細めた。
「だけど、やっぱり駄目だった。せっかくの料理、無駄にしちまったな。最低だ、俺…」
「ジェット」
「最初から食べなければよかったのに。みんなも呆れただろ。食べられもしないものを…」
「ジェット!」
胸ぐらをつかみ、強く名前を呼んだ。

「だからお前は間違っていると言ったんだ!俺が何に対して怒っているか分かるか?」
空色の瞳が、不思議そうに見開かれた。
「お前は…もっと俺たちを頼れ。一人で悩むな」

(それは昔、俺を救った言葉で、)

「ジェット…お前は、人間だ…」

(そう言ってくれたのは、お前だった)



一方、食卓の方では、ジェットの最適な栄養補給方法について本人不在の間に話し合いが行われたらしい。

戻ってきたジェットは張々湖に手招きされた。
「ジェット、これ飲むよろし」
差し出されたのは、湯気をたてる琥珀色の中華風スープ。
作品名:天使の糧 作家名:桑野みどり