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まどろみ消去

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 なにやら騒がしいが昨晩は遅くまでからだを動かしていたのでまだ起床する気になれない。寺の薄い敷きふとんを背に、もぞもぞと真田は身動きした。おざなりに掛けた着物を引き寄せる。汗を吸って、少し重い。
 そこまで考えて、その重みが考えていたより少し軽いと真田は気づく。穏やかに発熱しているからだは、しかし外気に触れたところから少しずつ冷えてゆく。先程までは、外気には触れていなかった。すぐそこに同じように発熱しているからだがあったからである。長い夜のあいだ、融けていた肌はすでに境界を取り戻してはいたものの、ぴたりとはりついてまだ分離する様子はなかった。ぼんやりと薄目を開けると、障子紙を透かせて朝の陽光が部屋を照らしている。もうすでに、この寺の禅師は起きだして朝の行に精を出しているころだろうと思う。
 三日前からこの寺に逗留している。禅師の写経を譲り受けて帰るというのが名目であるが、実際のところはいいように使われている。山中の寺ということもあってひとの出入りが少ない禅寺である。そこここにガタがきていて、訪なったその日に真田は本堂の床を踏み抜いてしまった。それを修繕しているうちに、ではあそこも、ここもと禅師から指示が飛ぶ。果てには寺男に薪割りも頼まれる始末である。
 まぶたが赤い。その赤さがぎゅっと沁みて、真田はようやく大きく目を開けた。寝ぼけまなこには変わりないが、部屋の様子はよく知れた。狭い部屋にぐちゃぐちゃに着物が脱ぎ捨てられて、惨憺たる有様である。腕を突いて起き上がる。昨晩伊達に噛みつかれた肩のあたりを撫でた。歯形がくっきりと指の腹に判る。それが、一つ二つ三つ。はあと息を吐く。少し空気が淀んでいるような気がする。着物を肩にひっかけて、腕を伸ばした。障子を少し開く。朝の、まだ陽にぬくもっていない空気が真田の額を叩く。ゆっくりとからだは覚醒してゆく。そうして、先程まで同衾していたはずの男はどこに行ったろうと真田は考えている。
 おざなりに帯をしめて縁に出た。真田にあてがわれているのは寺の奥の小さな部屋で、禅師が手入れしているという庭に面している。菖蒲のすっと伸びた葉が朝露にきらきらと光る。それに目を細めていると、また少し辺りが騒がしくなる。耳を澄ませていると、賑やかしい足音はとうとう真田の部屋の前で止まって、立てつけの少し悪い障子がガタガタと鳴らされた。そうして、起きたか糞野郎という声がする。振り向くと、すっかり身支度を済ませた伊達が顔を歪ませていた。おはようございまする、伊達殿の朝は早うございますなあ。ぼんやりと呟くと、大仰に伊達は舌を打った。行儀悪く床を踏みならして部屋に入ってくる。そんなにしていると、真田のように床を踏み抜いてしまうのではないかと心配してしまう。だが伊達はそんなことに頓着するはずもない。真田の一歩手前で立ち止まったかと思うと、その足が勢い良く振り上がった。あ、と思ったときにはもう遅い。後頭部をしたたかに庭石に打ちつけて、目の先に火花が散った。
 こんなもんじゃすまねえぞ。低い声が降ってくる。土に汚れたてのひらで、頭を押さえて起き上がった。痛みに顔をしかめている真田の様子を見下ろして、伊達は口をへの字に曲げている。……朝から、なにごとで……。
 寝起きで靄に包まれていた頭の中が、痛みのせいでさっと晴れた。幸いこぶができている程度である。ゆっくりと立ち上がって、縁側に仁王立ちしている伊達を見上げた。その足がもう一度振り上げられる。しかし今度は真田の反応が抜群に良かった。さっと身を引いてそれをよける。空振った足をぶらぶらと揺らせて伊達はもう一度舌を打つ。てっめえ、よけるんじゃねえ! そのようなことを申されても……! 言いながら、じりじりと間合いを取る。裸の足裏に小石が刺さった。青筋を浮かせている伊達はとうとう庭に下りてきて、真田との間合いをゆっくりと縮めようとしている。
 な、なにゆえそう怒っておられるのか! 背中を嫌な汗が伝ってゆく。真田としては、今日の朝はもう少し穏やかなものになるはずであった。数刻前の長い夜から地続きであるはずであった。だがこれはどうしたことだろう。夢見ていた甘やかな朝はどうやらどこにもないらしい。目の前で伊達はいやなふうに笑っている。つり上がった口の端は真田の知らない異国語を矢継ぎ早に吐き出して、殺気がびりびりと空気を帯電していった。その一端が真田の前髪を焼く。
 それに気を取られた一瞬、伊達の腕が伸びて衿を掴んだ。したたかに額を打ちつけられる。また目の先に星が散る。痛ぅっ。思わず歯の間から息を吐き出して伊達を突き飛ばした。しかして真田も伊達も庭に尻もちを突いてしまう。伊達はますます不機嫌な様子で庭の土を真田のほうに払った。乾いたそれは煙をあげて真田に降りかかる。砂の一部が目に入った。眼球を回すとごろごろと嫌な感触がする。目を擦りながら、訳を言って下さらんと、これではなにがなにやら……、そう呟いた。
 ハ!と伊達は大きく声を上げる。昨晩好き勝手やったやつが言う言葉じゃねえな。す、好き勝手などと、そのような。さんざん中に出してこっちが気絶するまでやりやがって、これが好き勝手じゃなかったらなんだ、ああ? 頭のてっぺんの髪を鷲掴まれる。何本か、ブチブチと抜けた。しかもなんの後始末もしねえでぐーすか寝こけやがって……。
 思わず口を開けた。ポカンとした真田のその間抜け面を見てますます伊達は口の端を引き攣らせている。も、申し訳なく。またブチブチと音をたてて髪の毛が抜けた。間近にある伊達の細い瞳孔がすっと細まって、そのくちびるがまた矢継ぎ早に異国語を吐き出している。そ、その、次はもっとうまくやります故!
 いつの間にか縁側に立っていた猿飛が、旦那それを今言うか?と呟いたのを聞いたのが最後であった。視界を青い雷電が走ったと思ったら、その向こうで伊達が壮絶な笑みを貼りつかせている。
作品名:まどろみ消去 作家名:いしかわ