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桑野みどり
桑野みどり
novelistID. 52068
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路上の人、ディナーはお済みか?

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ドイツ、GSGー9訓練センター。

今日も若造どもをしごいてやったハインリヒは、休憩室で一服しつつ、テレビが垂れ流すくだらない番組を見るともなしに見ていた。
と、緊急ニュースが入った。ショッピングセンターで立てこもり事件だという。
買い物客と従業員が人質になっていると、アナウンサーが深刻な顔で伝える。監視カメラが捉えたという録画映像が流れた。犯人はカメラに気づいて壊したというが、犯行開始前に手を打っておかないとは、いかにも素人くさい奴らだな、とハインリヒは思った。

その映像の中に、見慣れたアメリカ人の姿を発見したとき、ハインリヒは思わずむせた。
(あの馬鹿!何やってるんだ)
ジェットは他の人質と一緒に、腕を頭の後ろで組まされ、神妙な顔でおとなしくしている。
「教官?」
心配そうな声が横からかけられた。
「いや、大丈夫だ。何でもない」

ハインリヒは脳波通信でジェットにアクセスした。
『ジェット。お前、何を遊んでいる』

能天気な声でジェットは答えた。
『ようハインリヒ。どうしたんだ、急に?』

『とぼけるな。テレビに映ったぞ』

『えっほんとか?俺、映ってる?』
カメラを探して嬉しそうにきょろきょろする様子が目に浮かぶようだった。

『喜ぶな!子供かお前は。…録画映像だ、もうカメラはない』

『な~んだ、あんたにウインクしてやろうと思ったのに』

『で、何をやってるんだ、お前は』

『買い物してただけだっての。巻き込まれたのは偶然だ』

まあそうだろうな、とハインリヒは思ったが、今のジェットの身の上はいろいろと特殊だ。警察の厄介になるのはまずい。
『絶対、目立つことはするなよ。おとなしくしてろ』

『ああ、分かってる。ちゃんと非力な一般人になりきってるぜ?』
ジェットは素直にそう言ったが、なんとなく心がざわついた。


ニュースは、犯人が発砲し、人質に負傷者が出たことを伝えている。
ハインリヒは少し不安になってもう一度念を押した。
『…おい。犯人を取り押さえようとか、するなよ?挑発もするな。ひたすらおとなしくしてろ。まもなくSEKが突入する。解放は時間の問題だ』

『ふーん。あんたは来てくれないのか』

『地元警察の管轄だ。そもそも俺は現場には出ない。知ってるだろ』

『迎えに来てよ、ハインリヒ』
ジェットが甘えるように言った。

『馬鹿、仕事中だ』
吸い差しの煙草を灰皿に押し付け、ハインリヒは立ち上がった。



午後の訓練プログラムが終わる頃、人質解放のニュースが入った。
どう見ても小物くさい犯人だったので別段心配はしていないつもりだったが、それでもやはり、心のどこかでほっと安堵した。
ニュースのテロップに、〈人質全員解放、死傷者なし〉と出ていた。
ハインリヒは、おやと首をかしげる。
「人質が負傷したんじゃなかったのか?」
独り言のように呟くと、同僚が答えを返してくれた。
「誤報だったらしい。誰も怪我はしていなかったそうだ」
「そうか」
何か釈然としなかった。誤報?本当にそうだろうか。ハインリヒはしばらく思案した末、〈その筋の情報〉に詳しい友人に連絡を取った。

「ああ、あれね。厳密には誤報ではないよ」
友人は、別に隠すことではないとばかりにペラペラと喋った。
「犯人の1人が人質を撃ったのは本当だ。しかし、突入して人質を解放してみたら、負傷者は見当たらなかった」
「本当に全員解放したのか?」
「当たり前だろう。ネズミ一匹逃がさない包囲網だったし、内部もくまなく調べたんだぜ」
「じゃあその人物はどこへ消えたんだ?」
ハインリヒの問いに、友人は肩をすくめた。
「まさに密室ミステリーさ。その場にいた人質も、誰ひとりとして、その人物が立ち去るのを見ていないと言うんだ。気がついたら消えていた…とね。実は人質ではなく、犯行グループの一員だったのでは?という説も出たが、捕まった犯人たちの中にもそれらしき人物はいないし、犯人の1人は『人質を撃った』と自白している」
「立てこもり犯とは無関係の犯罪者か…?」
「かもな。何にせよ、姿を隠したということは、ワケアリな奴なんだろう。ご丁寧に血痕をきれいに拭い去って行ったらしい」

ふむ、とハインリヒが考え込んでいると、友人は顔を近づけてひそりとささやいた。
「ここからは眉唾な話なんだがな。わずかに付着した血液を解析したところ、信じられない結果が出たらしいぜ。『これは人間の血じゃない』ってな」
ハインリヒはくつくつと愉快そうに笑った。
「よせよ、B級ホラーの見すぎだ」
「だよな~。ま、ほら話だろ。おおかた、採取量が少なすぎたせいで不純物を読み間違えたんだ」
せっかくだから飲んでいかないか、という友人の誘いを丁重に断って、ハインリヒは自宅に帰った。




「おかえり、ハインリヒ」
いつもと変わらない声が迎える。
「腹減ってる?晩めし、一応作ってあるぜ」

ハインリヒは答えず、キッチンに立つジェットの腕を無言で引いた。
「座れ」
ジェットをソファに座らせ、彼を閉じ込めるようにバン!と両手をついた。

「どこを撃たれた?」

「…っかしぃな~。なんでバレたんだ?」
ジェットは悪びれず不思議そうに首をひねっている。

「ジェット」

「怖い顔すんなよ。かすり傷だ」
面倒くさそうな表情で目線をそらし、彼は渋々と、傷を負った箇所を示した。

ハインリヒはジェットの服をめくりあげ、簡単な応急処置だけしてあるその場所に唇を寄せた。
「…っ!」
ジェットの体がぴくりと反応した。
「痛むか?」
「くすぐったい。なに?あんた、欲情してんの?」
怪我フェチかよ、と言って彼は無邪気に笑った。

「あんな素人のトロい弾、くらう奴があるか。ちゃんと避けろ」
「うん。ごめん」
ジェットは素直に謝り、ハインリヒを見上げて微笑んだ。
彼のことだ。きっと、誰かを庇おうとしたのだろうと、ハインリヒには分かっていた。

「加速装置…使ったな?」
傷を負った状態で加速装置を使うのは、体に負担がかかる。できれば避けてほしいところだった。

「だって結構、人多かったし。見つからないように出るにはそれしか…」
ジェットは弁解するようにぼそぼそと言った。

(俺が、目立たないようにしろと言ったから…か?)
ハインリヒは眉をしかめた。昼間、脳波通信で話したとき、ジェットはすでに負傷していたはずだ。
『迎えに来てほしい』と言ったのも、甘えではなく本当に辛かったのかもしれない。
「…悪かった」
ため息をつき、ハインリヒはジェットのひたいにキスを落とした。

ジェットはくすぐったそうに笑って言った。
「晩めし食べようぜ。今日はそのために買い出しに行ったんだからな」