落果論
手を伸ばせば簡単に落ちてきた、甘い匂いを纏った果実。
芳しく、誘うようにあったソレに手を伸ばしたのは自分だ。
しかし、いざ自分の手の内に収めてしまえば自分がソレをどうしたかったのか判らなくなった。
無理にもぎ取ったわけでもなく落ちてきた実。
さて、どうしたものかと考えてしまった。
「ラゼル」
「何だ、コノエ?」
呼ばれてそちらを向けば、鉤の尻尾を揺らしながら見詰めてくる琥珀色とかち合った。
「悪魔は皆、こんな寂しいところに居るのか?」
猫として村で、街で暮らしてきたコノエには暗く、広い、唯一人の空間が酷く空虚に思えたのだろう。
「そもそも、悪魔に寂しいなどという感情は無い」
正確に言えば自分の司る感情以外は酷く遠い。
一般に言う感情の外にあるものとして感じるだけなのだ。
そして楽しいこと、やりたいことだけを考え、実行する生き物にそんな感情が芽生える筈も無い。
「退屈だけが我らを死に至らしめる」
長い時を生きる。
ただ流れていく時間の狭間で厭うのは退屈だけ。
その時するりとコノエが擦り寄ってきた。
その行動は過去確かに居た"猫"とよく似ていた。
「・・・・れが、居ても・・」
傍らで小さく呟く。
「俺が居ても、ラゼルは退屈なのか?」
ちょこん、と首を傾げて尋ねてくる様は可愛いと称するべきなのだろう。
自分の返答を待ち、一心に見詰めてくるコノエが、
自分の言葉に思わぬ思考で持って返してくるコノエが酷く愛しく思えた。
「お前と居ると退屈を感じる間もないな」
頬を撫で、首筋を擽ってやると気持ちよさそうに喉を鳴らす。
ただ、その様を眺めることが楽しい。
「俺、ラゼルの傍にずっと居るから」
そう言って嬉しそうに笑うコノエ。
そうして気付く。
手を伸ばしたのは欲しいから。
熟して甘い匂いを漂わす果実が自ら落ちてきたというのなら食してしまえばいいのだ。
躊躇うことなく、一欠けら、一滴も残すことなく。
己は悪魔で、欲を糧に生きるものなのだから。
そして、何よりそれ自身が望んだことなのだから。