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咲かない花の種を蒔く

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机の上のものを使い古したカバンに流し込んで席を立ったところで声をかけられた。
「佳主馬、今日ヒマ?高橋んちで飲むんだけど」
「ゴメン、ヒマじゃない」
 手短に断って教室を出た。煩わしい会話をしなくてもそれで許される性格だ。友人も特に期待していたわけでもなく「あ、そう」で次を当たりに行った。

 直帰してパソコンからOZに接続して、特に目的なく行きつけのエリアを巡回した。
 ヒマじゃないが、今のところやることはない。泊まりでなければ友人に付き合っても良かった。大事なのは、日付の変わるその時だ。

 彼のログイン表示が出たのは日が変わるまで一時間ほどの頃だった。画面端にフレンドのログイン通知が出て間もなく、暇つぶしに行っていたマーシャルアーツの試合観戦に現れた。
 白いバトルフィールドを観客のアバターが囲んでいる。現実のように線や柵は見えないが、選手以外が立ち入れないラインが存在するので、人垣がきれいな円を描いていた。その隙間から不格好な黄色い頭をねじ込んで顔を出した。
 それを確認して気合を入れ直す。とはいえ、人混みに彼を見つけるだけの余裕はあった。勝てない相手なんかいない。十四の夏から六年間、二度と負けないと誓っている。
『K.O.』
 鳴り響くアナウンスと歓声から逃れてプライベートエリアに飛び、彼からのショートメッセージを読んだ。
「おめでとう!」
 いつもそうだ。ちょうど良く試合をしていたら観戦して、こうやってメッセージをくれる。負けはないので必ずくれる。
 それを口実に通話窓を開いた。画面上に相手のアバターが現れて、声に合わせて表情を変え、飛び跳ねたり腕を振ったりする。
「今日もすごかったね!相手はしょっちゅうランキング入りしてる人でしょ?」
「そのランキングのトップは僕なんだけど」
「トップっていうか殿堂入り?」
「ランキング戦から除外されただけだよ。正式にランカーとやるのはスポンサーとか運営の決めたスケジュールでないとダメだから、こうやって草試合やってるわけ」
「チャンピオンベルト巻いてる人のやること草試合って言わないと思うけど」
 会話しながら画面上を数回クリックしてアナログ時計に秒針を追加した。あと少しで時針と分針が真上を差す。
 その時をモニターの前で、通話しながら迎えられるように話を途切れさせない努力をした。
 音のないパソコン上の秒針が頭の中でチッチッチッと音を刻む。
―――――00:00
 日付が変わると同時にポーンと軽い音が鳴った。夜更かし達に「もうこんな時間ですよ」とでも言うみたいに。
 それを追うようにして彼のアバターの頭上に冠のマークがついた。金色に光ってプカプカ揺れる。それを待っていた。
「健二さん、誕生日だね。おめでとう」
「あ、ほんとだ。ありがとう。今年もやっぱり佳主馬くんと喋ってる時に歳取っちゃったなあ。連絡しすぎかな」
「たまたまでしょ、毎日喋ってるわけじゃないんだから」
 そんなわけない。何年目だ。
 親しくなって間もない頃に「人の誕生日なんかいちいち覚えてない」と言ったから、必ずこの日には会うようにしているんだ。それも直接じゃない。OZでなくちゃいけない。
 アバターにバースディマークがつくのを見て、忘れていたのを思い出すんでなくちゃいけない。
 まどろっこしいことをしている自覚がある。たまたまなんて嘘に決まってる。
 そんな嘘をいつか見破られたら、気持ちがバレてしまうだろうか。
 だけど、
「そうだよね。あ、着信だ、ちょっとごめんね」
 生憎と見破ってくれる気配はない。そしてまた来年。
 何でもないような返事をしてログアウトし、椅子の背もたれに反り返った。
作品名:咲かない花の種を蒔く 作家名:3丁目