朝とメイドと管理官
簡素なパジャマは寝相が悪いらしく捲くり上がり毛布は放り捨てられ、足もベッドからはみ出ている。
「全く、こんなのが私のご主人様なんて。前のご主人様は朝から夜も立派でいらしたのに」
はぁ、と溜息を吐きながらそんな男のベッドの傍らに立つメイド。
アガート色の髪は腰下まで伸びる。白黒の特別に仕立てたメイド服はオーソドックスなエプロンドレス。
フリルが装飾されてふわりと浮く長いスカートに生足を包む純白のオーバーニー、コツコツと鳴るローファー。
ホワイトブリムが眩しく、手先も白い手袋で保護をしている。
そんなメイドが手を伸ばし、ご主人様と呼んだ男性を起こす。
「ほら、いい加減起きなさい。朝よご主人様」
丁寧な言葉と一緒に肩を揺らせば身じろぎする男性。
「あぁ、エイク……ダメだって……シルビアに見つかったら……」
ピタッと止まるメイドの動き、微笑ましいとばかりに男性を見ていた笑顔が凍り、絶対零度の笑顔を浮かべる。
心地良い陽光を浴びているのに極寒の中に取り残されたような空気になってメイドは一つの布切れを取り出す。
「本当にっどうしようもないっご主人様っねぇ?」
「うぐっうわぁぁ!? 何!? 痛い痛い痛いっ!」
ミシッミキッと男性の顔が音を立てながらメイドの奉仕、朝の顔洗いを受け入れている。
笑顔のままで綺麗にするメイドの力は凄く、暴れている男性の力じゃどうしようもない。
「おはようっございっますっ」
「その声はシルビア!? 痛い痛い! 助けて! というかコレ臭いんだけど!?」
「あぁ、ごめんなさい。私とした事がご主人様の顔をうっかり雑巾で拭いてしまいましたわ」
「うっかり!? うっかりなの!? 凄く牛乳臭いんだけど!?」
シルビアと呼ばれたメイドが布、改め雑巾を引き剥がせば白濁液が顔中に散りばめられている。
涎塗れの顔よりも酷い顔になりシルビアの溜飲が下がれば純白のタオルを取り出して丁寧に拭ってやるのだ。
「ふふふっ汚い顔。あぁ、ごめんなさい元々汚かったから変わらないわね」
「シルビア、なんで私は謂れの無い謗りを受けているの?」
「本当にそうかしら? よく鏡を見て発言した方が良いわ」
「私が悪かったよ!」
ぶつくさと呟くご主人様である男性に微かに微笑むシルビアは丁寧に拭ってやるとスッキリした顔つきが視界に映る。
やや幼い、頼りない、覇気がない、ダメダメな顔がほんの少し可愛かった。
「ご主人様の顔が残念なのは変わらない事実なのですから朝の支度を。側近達に怒られ、他のストライカーにも示しがつきません」
「わかったよ、というかシルビアが居ると困るんだけど?」
「貧相な身体に興味ありません。ほらお脱ぎなさいな」
「うぅ、これでも私管理官なんだけどなぁ」
パジャマを脱ぎ、いつもの服に袖を通す。そのお世話はシルビアの領分、二人きりの朝でのささやかな一時だった。
ボサボサの髪を整え襟を詰めて身嗜みをしっかりすればシルビアは頷く。
――今日も格好良い、と。