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コマさんとコマじろうとあの子の話

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「はぁ……」

質素な畳の部屋にぽつんと置いてあるちゃぶ台に肘をつき、両手でマグカップを持ってため息をつく。
注がれているのは真っ黒なコーヒー。ミルクも砂糖も入ってない、苦いだけのコーヒー。でもあの子が飲んでいる姿を見て以来、何故か無性に飲みたくなるズラ。
黒いコーヒーにうつる自分の顔を何となく眺める。白い湯気が顔にかかってちょっぴり熱いズラ。

「兄ちゃん、すっかり恋わずらいにかかってるズラね」

そんなおらの隣に、とことことコマじろうがやってきて腰を下ろす。
台所から持ってきたせんべいの入った入れ物をちゃぶ台に置いて、そこからせんべいに手を伸ばしてバリバリ食べ始めた。

「これが恋わずらい……。胸が苦しいズラ。あの子のことを考えるときゅーっと締め付けられるズラ」
「それだけあの子のことが好きって証拠ズラよ。悪いことじゃねぇズラ」

はぁ……、と何度目かのため息をつくと、マグカップから立ち込める湯気がゆらゆらと揺れた。まるでオラの気持ちみたいズラ。
あの子と初めて会った時からどうにもこの調子ズラ。苦しくて切なくて愛しくて、色々な思いが混ざり合ってるズラよ。

「早くお付き合いできるといいズラね。応援してるズラよ!」
「お、お、お、お付き合いって……おら、まだそんなところまで考えられねぇズラよ!今で精一杯ズラ……」

コマじろうの言葉に動揺してかぁぁっと顔が赤くなる。
お、お付き合いなんてとんでもねぇズラ!でも、もし、もしもあの子とお付き合いができたら、それはとっても素敵ズラ……。
理想の未来図を想像すると、自然と口元が緩む。あの子と仲良くなれたら、それはそれは幸せなことズラね。

「でも兄ちゃん、お付き合いしたいから頑張ってるんでしょ?女の子とお付き合いするって、とっても楽しくて幸せズラよ!兄ちゃんも早く幸せになれっといいズラね!」

ニコニコと満面の笑みでコマじろうは言う。
そっか、コマじろうは彼女がいたんだったズラ……。おらは女の子とお付き合いしたことねぇからよくわかんねぇけっちょも、コマじろうはお付き合いする楽しさを知ってるんだったズラ。
隣で笑顔を浮かべるコマじろうに思い切って聞いてみる。

「コマじろう、女の子とお付き合いするってどんな感じズラ?」
「う〜ん、お友達より仲の良い関係って感じズラね。思いっきり甘えたり、手を繋いだり、チューしたり、とにかく楽しいズラよ!」
「ち、ち、チュー!?」

コマじろうの思わぬ一言に「もんげー!」と思わず声を上げてしまった。
コマじろう、彼女さんとそんなことしてたズラか!?ち、ち、チューって、あのチューズラか!?
混乱してぐるぐる目を回すおらに、「兄ちゃん、どうしたズラ?」とコマじろうは何食わぬ顔でこちらを覗いてくる。

「こ、コマじろう、おらの知らないところでち、ち、チューなんてしてたズラか!?もんげー!すげぇズラ!」
「兄ちゃん、なに驚いてるズラか?お付き合いしてるんだから、チューぐらい普通ズラ。兄ちゃんもあの子とお付き合いしたらチューぐらいするズラよ?」
「お、おらが、あの子と、チュー!?も、もんげー!」

一瞬あの子とおらが、その、ち、チューする光景が頭をよぎって一気に顔が熱くなった。
そ、そ、そんな!駄目ズラ!お付き合いって、手を繋ぐぐらいかと思ってたズラ!
コマじろう、いつからこんな大人になってたズラか!?
驚愕して目を回すおらの気も知らず、「そーだ!いいこと思いついたズラ!」とコマじろうは何か閃いたように両手をぽんっとあわせた。

「兄ちゃん、まだチューのことよくわかんねぇんだったら、おらが教えてあげるズラ!そうすればあの子とする時に恥ずかしい思いしなくてすむズラよ!」
「も、もんげー!?」

コマじろうの唐突の提案に再び度肝を抜かしてしまった。
こ、コマじろう、一体何言ってるズラか……?と聞く前にぐいぐいコマじろうが迫ってくる。こ、これは本気ズラ……。

「す、ストップ!待つズラ!止まるズラ!」
「兄ちゃん、どうしたズラか?おらがチューのこと教えてあげるズラよ。兄ちゃんの練習台になるズラ!」
「いいズラ!大丈夫ズラ!気が早すぎるズラよー!」

どんどん近づいてくるコマじろうの顔を両手で押さえつけて、なんとか距離を離そうとする。
練習といっても、流石に弟のコマじろうとチューはできないズラ……。
そんなおらの気持ちが伝わったのか定かではないものの、「そんなに言うならやめるズラ……」とコマじろうは少しだけしょんぼりしながらようやく離れてくれた。体に覆いかぶさっていた重りがなくなり、ほっと安堵の息が漏れる。

「コマじろう、気持ちはとっても嬉しいズラよ。でも、おらはまだそこまで考える余裕がねぇズラ。あの子と仲良くなることでいっぱいいっぱいズラ……」
「兄ちゃん……」

体勢を立て直し、ぬるくなったマグカップを持ち直しながら素直な気持ちを告げる。
そりゃ、お付き合いできたら幸せズラ。でも、あの子は人間でおらは妖怪。それに、まだお喋りも全然したことがないズラ。
お付き合いなんて夢のまた夢……。
現実を思い返して肩を落とすオラの背中を、励ますようにぽんぽんとコマじろうが叩いてくれる。

「そんなに落ち込まなくて大丈夫ズラ。かっこいい兄ちゃんなら絶対お付き合いできるズラよ!おら、ずっと応援してるズラ!頑張れ、兄ちゃん!」
「コマじろう……」

うんうんと頷きながら優しい言葉をかけてくれるコマじろうの姿に、思わず涙腺が緩みそうになる。

「そうズラね、おら、頑張るズラ!」
「その調子ズラよ、兄ちゃん!兄ちゃんならできるズラ!」

コマじろうの無邪気な姿に勇気をもらい、先ほどまでの暗い気持ちはすっかりどこかへ吹き飛んでいった。
やっぱりコマじろうはすげぇズラ。こんな弟を持てて、おらは幸せズラね。
そうしみじみと思いながらすっかり冷めたコーヒーに口をつける。
相変わらず苦くて渋いけど、何故だか不味いとは感じない、不思議な味がしたズラ。