初咲き
「え?」
それは、偶然のできごと。
ふたりの休みが重なった午前中の早い時間帯のこと。
「お、なんでぇ、アンコちゃんも来てくれたのか」
師匠の嬉しそうな声が、河田屋の店内に響いた。
『初咲き』
「いらっしゃい、アンコちゃん。今日はお菓子を買いにきれくれたのかい?それとも…」
「アンちゃんはあげませんよ」
あんたは私の恋人か、そんなツッコミを入れたくなるような台詞を胸を張っていう立花に、ははは、と笑いつつ杏子は言った。
「今月の上生を買いに来ました」
今年の正月に購入したお菓子が家中でヒットしていたため、定期的に買いに来るようになったのだ。
「はいよ。全部よっつづつだったな?」
「はい。」
あまりにも希望が多く、軍資金を持たされたので、ひとり1個と相成り…
「アンちゃん、常連さん?」
「そうだぞ…お前、よく帰ってくるくせに、アンコちゃんとここで会うのは初めてか」
「はい…」
立花が少し悔しそうにしているのを見つつ、ふと思う。
「あれ、立花さん、もう今日は用事は済んだんですか?」
「うん、昨日の仕事の後に来たからね。そうだ、アンちゃん、試食する?」
和菓子職人の彼は、時折ここにきて和菓子を作っているらしい。
「梅の和菓子なんだけどね。初咲きって名前をつけてみた」
オリジナルの和菓子のその姿はとても可憐で…
赤い梅ではなく白梅。その咲き始めの様子で。上品な練りきりの中には梅を練りこんだ餡。そして…
「中には甘めの梅ジャムが入っています」
「うわぁ…なんておしゃれ」
「早太郎は、みつ屋さんに就職してから、作る菓子の感じが変わってきたよな…」
なんというか、目の前の彼女が入ってから、立花の菓子には色っぽさや甘さなどが加わった気がする。
「そう、なんですか?」
「そうなのかな?」
見つめ合い、首を傾げるふたりを微笑ましい気持ちで見つめつつ…
「早太郎、どうせならアンコちゃん送ってやったらどうだ?今日は足があるわけだし」
「ああ、それもそうですね。」
「足?」
「そう、今日はね、車で来ているんだよ」
どうせならと保冷ケースに入れ、保冷剤も入れて…
「はい、じゃあ行こうか」
と、手をとられ、引かれる。
「あの、立花さん?」
「うん?」
笑顔が、店員イケメンモードよりもかっこよく見える。
「ついでだから、どこか寄り道していこうか…」
「…はい…」
だからというわけではないけれども、思わず素直に頷いてしまった。
「…早太郎の菓子が変わったのなんか明確か」
将来、ふたりで和菓子やを切り盛りしている姿すら見えてきそうで、苦笑する。
初咲き…咲かせるのはきっと…
終わり