君の好きな言葉で
俺知ってたんだ。
兄ちゃんがスペイン兄ちゃんのことを好きだって。
気づいた時はショックだったけど、応援してあげようって思った。好きな人が幸せになってくれればそれでいいって俺思ったから。なんか映画のワンシーンみたいでしょ。
…映画だったら、主人公のもとにヒロインが戻ってきても、戻ってこなくても最終的にヒロインは幸せになる。
なのに。
スペイン兄ちゃんは兄ちゃんを幸せにしなかった。
鈍感だからって言葉で簡単に片付けてしまえないほど兄ちゃんを傷つけた。
俺は気づいてんだ。
兄ちゃんが毎日泣いてること。いっぱい泣いて、真夜中になった頃に冷蔵庫に氷を取りに来て目を冷やして寝てる。朝起きた兄ちゃんは精一杯の笑顔を作って俺に挨拶するんだ。
毎夜すすり泣く声が隣の部屋から聞こえてくる。俺は自分の部屋で足を抱えてただけ。兄ちゃんにどうやって声をかければいいのかわからなかった。
―スペイン兄ちゃんと付き合うのやめなよ。
そんなこと言えるわけがない。それに兄ちゃんは俺に泣いてるところをみられたくないと思う。
それに…兄ちゃんをあんなに苦しめてるのはきっと俺が原因なんだ。だってスペイン兄ちゃんの態度は俺のこと好きって言っているようなもの。
―イタちゃんはいっつもかわえぇなぁ
―かわえぇからぎゅーしたるでー
その言葉で兄ちゃんがどれほど傷ついているかも知らないで。
ある日決心して、兄ちゃんの部屋をこっそり覗いたとき、
兄ちゃん…手首を切っていたんだ。
リストカットってやつ。
ぞくってした。
背筋が凍るってこういうことを言うんだって思った。
なんでスペイン兄ちゃんはこんなに兄ちゃんを苦しめるの?
リビングに救急箱を取りに行く。急いで戻って兄ちゃんの部屋のドアを開けた。兄ちゃんは驚いて手を隠したけど、俺はそれを制した。
―なんで…
兄ちゃんの手首は傷だらけだった。
今日の傷だけじゃない。
なんで俺は気づかなかったんだろう。
思い起こせば気づくチャンスはたくさんあった。
―兄ちゃんもう長袖なの?
―あぁ…最近寒くないか?
―ヴェー兄ちゃん服着て寝てるの?
―…別にかまわねぇだろ
なんで俺は気づかなかったんだろう?
涙が溢れてきて兄ちゃんが驚いた顔をした。
「ねぇ兄ちゃん…俺を好きになってよ。
俺だったら兄ちゃんにこんな思いさせないよ。
ねぇお願い…」
永久に続くかと思うほどの長い沈黙の後、兄ちゃんが苦しげにぼそりと呟いた。
「なら俺を抱いてくれ。
目隠しして…俺を名前で呼んで抱いてくれ」
その兄ちゃんの言葉はスペイン兄ちゃんの変わりを意味している。
…俺はそれでもかまわないと思った。
救急箱から包帯を取り出して兄ちゃんを目隠しする。
優しくベットに押し倒して耳元で囁いた。
「…ロマーノ、愛しとるで」
ずっと呼びたかった名前にあなたの好きなスペイン語をそえて。
Fin