夢を見過ぎた女の子のはなし
「兄さんわたし」
「なんだい」
イヴァンは決して振り向かない。
振り向いてしまってはならないのだと理解している。振り向いた先のことを“
おそらくそうなるしかない運命なのだろう”と考えているし、その考え通りにな
ってしまうことはどうしても避けたかった。
「わたし、綺麗？」
真新しいエプロンドレスに包まれて人形のようにさえ見える少女、その声色は
、触れればぱりんと壊れてしまいそうな(ふれることが出来るなら、という話)危
うさをはらむ。
「お洋服、新しいの。似合う？ 綺麗？」
「ああ、可愛いよ」
少女の外見は見ずともわかっていたので、イヴァンはやはり振り向かず、言っ
た。
「うそつき」
「嘘なんか！」
「じゃあどうして綺麗と言わないの？」
少女の胎内で育ち続ける危うさと奇妙な愛情は銀色のナイフになって、ふくら
んだスカートの中に潜んでいた。
「綺麗でしょう？ わたし綺麗なの、可愛くない、綺麗なの、見て、兄さん」
スカートを摘まみ上げれば、革ベルトで巻きつけてぴったり腿にくっついたナ
イフが光る。ぎらり。
「綺麗でしょう？ 綺麗でしょう？」
「……可愛いよ」
ついにイヴァンは振り向かなかった。
ついに少女はナイフを抜けなかった。
哀れな少女！
いつまで経っても少女のまんま！
『可愛い可愛いナターリヤちゃん』！
殺したいほど愛する男をほんとに殺すこともできない可愛い娘！
可愛いよりも綺麗がいいのに可愛い可愛い女の子！
おおナターリヤ、おまえが女に成れる日はいつなのか。
作品名：夢を見過ぎた女の子のはなし 作家名：みしま