無垢の刃
「あなたは」
少女のくちびるがゆっくり開く。
「このままで、いいのかしらね」
くちびるからのぞいた口中はどこまでも深い洞穴のような真っ暗闇で、そこか
ら少女の可愛らしい外見との関わりを見つけだすことはまったく不可能である。
なにかひどくおそろしいものがそこに潜んでいるような、言い知れぬ不気味さ
を感じさせた。
「ここにこうしていること、誰か知っているのかしら。あるいは、誰も知らない
のかしらね。そうだなあ、知らないのね、知られていないのよね。わたしそう思
う」
ひとり喋って、黒い男の手を取った。黒いといっても、身に付けた衣服ばかり
が黒く、露出した肌は部屋の壁とすっかり同じになってしまいそうに白い。
「わたしね、いつの間にかここにいたの。無意識ってやつ。もちろん、わたしが
ここにあなたといることはだあれも知らない、知る由もない」
男の手の甲に自分の手をすべらせ撫でながら、ぼんやり、ぽつぽつ、少女は言
う。少女の”無意識”とやらは未だ続いているのかもしれない。
あるいは、続いていない、のかもしれないが。
「それにね、知られたくない、かなあ」
いくら少女が喋れども、男はそれを理解しているのかいないのか。変わらぬ挙
動、だらしなく半分開いた口。反応らしい反応は一切ない。ただ、黒目だけがう
ろうろと動き回っていた。
「知られたくないの。わたしここにいたいの。いさせてね。ね。あなたは、そう
だなあ」
男の手を撫でることをやめた少女の手は、かわりに、きらきらひかる刃の切っ
先を撫でている。