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凌霄花 《第四章 身をつくしても…》

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『違う。俺はこれ全部食べた。でもな、早苗に作ってもらったことが、恥ずかしかったんだ。
だからお前を傷つけるようなこと、心にもないこと、言ったんだ』

 そういうと、早苗は首をかしげた。

『……なんで?』

『男の子は、女の子と居るのが恥ずかしい時があるんだ』

 すると痛い質問が返ってきた。

『だったら、大きい助三郎さまは、大人だからわたしといても平気なの?』

 そうではない。
好きだからこそ、愛しているからこそここにいる。そばにいるのだった。
 しかし、それを言って、子どもの早苗がどういう反応をするのか怖かった。

『えっ…… まぁ…… それは……』

 あいまいなことを言っていると、早苗が声を上げた。

『あ! 助三郎さま!』

『え?』

『ちょっと行ってくる』

 早苗は小さい助三郎の後を追って走り出していた。
助三郎も彼女のあとを追った。




 行き着いた先は、川に掛けられた橋の下だった。
そこには小さな助三郎がうずくまっていた。
 早苗がそっと声をかけると、彼は怒鳴った。

『来るな!』

 助三郎の目には、大粒の涙が溜まっていた。

『大丈夫?』

 先ほど自分が同じように泣いていたことも忘れ、彼女は助三郎の隣に座った。

『最近、ずっと苛々してる。何かあったの?』

 暫く黙って鼻を啜っていた助三郎だったが、ポツリポツリと話し始めた。

『……苛めるんだ。……先輩たちが。……俺は、生意気だって』

 しばらく彼の独りごとにも近い話を聞き、早苗は笑顔で言った。

『それはきっと、助三郎さまが頭が良くて仕事ができるからね』

『え?』

『だって、お仕事が出来なかったら、ぐずとか怠け者って言われるじゃない。
生意気ってことは先輩よりお仕事できるからよ』

 明るく前向きな言葉に、助三郎の涙は止まっていた。

『……そうか?』

『そう。だから、そんな先輩。笑って無視すればいいの。で、我慢できなかったら、こういうところで隠れて泣けばいいじゃない』

『でも…… 俺は男だ。泣けない』

『男でも泣けばいいのよ。でも、泣いた分強くならないとね。強くなって、かっこよくなって、大きくなって見返してやればいいじゃない』

『……そうかな』

『それでも駄目だったら、わたしが守ってあげる』

『え?』

 助三郎は夢の中で再び見た。
 早苗こそ、我が生涯の伴侶と決意した瞬間を。
 彼の運命を決めたその笑顔を。

『じゃあね、すっきりするまでそこに居たほうがいいわ』

『……あ、あぁ』


 早苗は少し離れていたところで、助三郎が一部始終を見ていたことに気づいた。

『あ、大きい助三郎さま……』

『早苗は優しいな』

 しみじみとそういうと、早苗は恥ずかしそうに首を振り、話題を変えた。

『ううん…… あ、そういえば、大きい助三郎さまは、今の助三郎さまと違って全然怒鳴ったりしないし、すごく優しいけど、どうして?』

 助三郎は言ってしまった。

『……早苗のこと、好きだから』

『……わたしのことが?』

『あぁ。大好きだ』

『よかった! キライじゃないのね』

 彼はわかっていた。
彼女の『好き』はまだ幼いということを。

『早苗、すこしでいい、手つないで散歩できるか?』

『うん』

 素直に出してきた小さな手をそっと握った。
すると、彼女は眼を丸くした。

『手、大きい…… やっぱり大人なのね。助三郎さま』

 しばらく歩いていると、早苗が不安そうに助三郎を見上げた。

『ねぇ。大きい助三郎さま……』

『なんだ?』

『……後の時代から来たから、なんでも知ってるのよね?』

『わかる範囲なら、答えられるぞ』

 助三郎は身構えた。
しかし、最初の質問は軽いものだった。

『じゃあ…… 大人のわたし、誰のお嫁さんになってる?』

『……俺のお嫁さんだ』

『……それって、助三郎さまのお嫁さんってこと?』

『あぁ』

 安心した様子の早苗は質問を続けた。

『赤ちゃん居る?』

 助三郎の胸が痛んだ。

『……残念だが、まだ居ない』

 どうにか答えたが、苦しかった。
こんな子どもの時から、彼女は子どもに憧れを抱いていた。
 にもかかわらず、一体自分は何をしていたのだろうか。
 早苗を壊すのが怖いと、必死に男の欲望を押さえつけ、彼女をほとんど抱かなかった。
 子どもが出来ないのは当たり前。
 しかし、彼女はそれを自分のせいにし、子どもの話題を次第にしなくなった。
 すべては自分のせいだった。

『できるといいね、赤ちゃん』

 何も知らない彼女の言葉に、さらに胸が痛くなった。
黙っていると、早苗は立ち止まって彼を見上げた。

『ねぇ、大きい助三郎さま』

『どうした?』

『大人のわたしは、大きい助三郎さまといっしょに幸せに暮らしてる?』

 聞かれたくなかった質問だった。
助三郎は何も言えなかった。

 一体、どれだけ彼女を傷つけたのだろうか?

 どれだけ彼女は自分の知らない所で涙を流したのだろうか?

 己が『妻に』と望まなければ、彼女にはもっと幸せな人生があったのではないだろうか?

 助三郎は耐えきれず、その場でうずくまって泣いた。

『俺のせいだ。俺のせいで、早苗は、早苗は……』

『泣かないで、大きい助三郎さま』

 何も知らない無垢な笑顔がそこにはあった。
守りたかった笑顔だった。
 しかし、もう二度と帰ってこないのだ。

『……早苗、ギュッてしてもいいか?』

『いいよ』

 小さな身体をそっと抱き寄せた。
愛する妻は子どもだった。

『早苗…… すまなかった……』

『なんで謝るの? 何も悪いことしてないでしょ?』

『早苗。俺がお前を好きになったこと、愛したこと自体が間違いだったのかもしれない。
俺には資格がなかったんだ、お前を幸せにできなかった。不幸にしただけだった……』

『……幸せだったわ』

 いつの間にか、腕に抱く少女は女に変わっていた。

『……早苗?』

 それは大事な妻だった。

『……わたしは、助三郎さまに愛されて幸せだった』

 彼女は彼の頬に残る涙の跡をそっと撫でた。

『……俺が、俺のことが、わかるのか?』

『忘れたことなんか一度も無いわ。助三郎さま』

 彼女は助三郎だけをまっすぐ見ていた。

『会いたかった……』

『わたしも、会えてよかった』

 しっかり抱き締め、彼女を感じた。
優しい暖かい彼女だった。
 このままでいたい、離したくない。
 そう思っていたが、別れはすぐにやってきた。

『さらば、助三郎……』

 格之進に姿を変えた早苗は、助三郎を引き剥がし、彼から離れていった。

『いやだ! 行くな!』

 追いかけようとしたが、体が動かなかった。

『行かないでくれ』

 手を必死にのばしたが、彼女はその手をとってはくれなかった。
代わりに、ほほえみを浮かべ別れの言葉を告げた。

『最期の一瞬まで、お前を愛してる。俺の助三郎……』

『早苗!』

 愛する人は去り、悲痛な絶叫が響き渡った。