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凌霄花 《第四章 身をつくしても…》

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 それは、本当に久しぶりに聞く、以前と全く変わらない声だった。

「……怒ってるか?」

 あふれ出る感情をこらえ、顔も見ずに返した。

「怒ってなんかない」

「悪かった。まさか謹慎くらうなんて思わなかったから…… 助さんにまで迷惑かけて……」

 泣きたくなった。
己の名を呼ぶ呼び方も、以前と全く変わらない。
 しかし……

「気にするな」

 結局一度も顔を見ることなく、助三郎は書斎に使っている部屋に逃げるように足早に去った。

「あっ……」





 一人残されたになった渥美格之進こと、早苗。
秘薬は彼女に再び男の姿を与えてくれた。
 しかし、やはり強い効力があり、少々の弊害が出ていた。

「……どうしよう、この姿のままじゃあれだし」

 一つ目は、それだった。
秘薬を服用してから、はや十日近く経過していた。
 しかし、女の姿にいまだ戻れていないのだった。
 大きな心配事があるからかもしれない。

 もちろん、助三郎が自分を温かく向かてくれるという期待などしていなかった。
どうやって彼に謝ろうか、話を切り出そうかずっと道中で悩み通し。
 ここに来ても何も思いつかず、縁側で頭を抱えていた。

 そこへ、由紀がやってきた。

「……え? 格さん!?」

 その声に気付き、早苗も声を上げた。

「あれ、由紀? なにやってんだ?」

 彼女はすっ飛んできて胸倉掴んで揺すった。

「は!? なにやってんだ? そんなこと言ってる場合じゃないわよ! あなた、今どっちなの?男?女? 早苗なの?」

 驚いた早苗は正直に言った。

「早苗だ。今まで通り、姿だけ男……」

「助さんにそのことちゃんと言った!?」

「いいや…… まだ……」

「なにやってるの!? あの人、早苗がこの世から消えたって思いこんでるのよ。昨日死にたいだなんて言ってたのよ! 早くしなさい!」

 そして、彼女は早苗を助三郎が閉じ籠っている部屋の前に引っ張って行った。

「ちゃんと話し合いなさい。いいわね?」

 自分のことは棚に上げ、親友の世話を焼く由紀。
彼女が抱えている問題など露と知らない早苗。

「でさ、なんでお前ここにいるんだ?」

「そんなこと後で良いの! 仲直りするの!」

 一人になった早苗。
しかし、どうやって声を掛けて良いかが解らない。
 部屋の前をうろうろしていたが、結局その場を後にした。

 日が暮れてきたころ、彼女は再び縁側で、庭を見ながら項垂れていた。

「今更、遅いよな……」

 二人の間には今までにないほど大きな大きな溝ができていた。
はたしてその溝を今から埋めることができるのか。

「俺のせいだ……」

 深くため息をついた彼女の耳に、遠慮がちな助三郎の声が届いた。

「……そこ行ってもいいか?」

「へ? あ、あぁ……」

 彼は早苗のそばに腰を下ろした。
しかし、かなりの距離が空いていた。
 まるで今の二人の距離のような。

 お互い何も言わないまま、時が流れた。

 しかし、早苗は勇気を振り絞って口を開いた。

「あのさ、助さん……」

「……なんだ?」

「……なんで由紀さんが居て、弥生さんが居ないんだ?」


 以前彼女は己の正体を隠し、彼に早苗との慣れ染話を聞き出したことがある。
 今回も行けないことと思いつつ、助三郎の思い込みを利用し、やってしまった。

「由紀さんは居候。弥生は牢屋だ」

「牢屋? なんで嫁さんが牢屋に居るんだ?」

 牢屋というのは初耳だった。

「じゃあ、お前、離縁したのか?」

 冗談半分で言ってしまったが、助三郎はそれに対して怒鳴った。

「あの女は、俺の妻じゃない! 俺の妻は、早苗だ!」

 その時初めて助三郎は早苗の顔を、眼を観た。

「……助さん?」

 しかし、すぐに目をそらしてしまった。

「ごめん、なんでもない。気にするな……」

 次の瞬間、早苗は正座して頭を床に擦り付けた。


「申し訳ありませんでした!」

「え?」

「いいえ、貴方に許してもらえるとは到底思っていません! 信じなければいけない夫を疑い、逃げた。妻失格です」

 助三郎はその言葉に驚いた。

「……早苗なのか? 記憶は? 消してないのか?」

「失敗しました……」

「そうか…… そう、か……」

 助三郎は気が抜けたようにその場にへなへなと崩れた。
しかし、早苗はいまだ頭を上げず謝り続けている。

「申し訳ありません! また、貴方を騙しました!」

 助三郎は早苗ににじり寄った。

「もう謝らなくていい。顔をあげてくれ……」

 そして床についた彼女の手をとった。

「帰ってきてくれて、ありがとう」

 早苗の目から涙があふれた。
目の前の彼は以前と同じ、優しい彼だった。

「助三郎……」

「早苗」

 助三郎はしっかりと彼女を抱きしめた。

「……もうどこにも行くな」

 そして耳元で彼は言った。

「愛してる……」





 少々抱きしめ辛い大きながっしりとした身体が、細くやわらかなものとなったことに助三郎は気付いた。
 早苗はようやく女に戻ったのだった。
 本当の彼女が帰ってきたことに、助三郎はさらに喜んだ。

「早苗。おかえり」

 この時、彼女は初めて知った。
どうやって夫が己の姿を元に戻すのかを。
 改めて己の不実を悔い、涙した。

「ごめんなさい……」

 こぼれ落ちる涙を、助三郎の手がそっとぬぐった。
その手は暖かかった。

「許さない」

 早苗の背筋がゾクッとした。

「罰として、ひとつ守ってもらおうか」

 何を言われるのだろうと、息をのんだ。

「一生俺の側にいろ」

 はっきりとそう言う彼に、早苗は答えた。

「はい…… 一生、あなたのお側に……」





「よかったわね、早苗……」

 涙を袖でしきりに拭って二人の様子を見守る者が居た。
由紀は嬉し泣きの一方で、悲しくて泣いてもいた。

「亡くなった人の思いでなんかに勝てない……」

 盗み聞きした話が由紀を苦しめていた。