1分と40秒で訪れた
ただ、俺の人生の中で今が一番、不幸だと断言は出来る。
「シズちゃん、ちょっと潰さないでよ」
「…………うぜぇ」
「俺だって君とこんな距離で過ごすのは屈辱だよ。ああ、本当に耐えがたい時間だ。でも、いくら単細胞のシズちゃんだって今この場で暴れたら沢山の人に迷惑をかけるって事くらい、分かってるよねぇ?」
一々癇に障る話し方しか出来ない男だ。
マジでうぜぇ。本気でうぜぇし、死ねばいいとも殺したいとも思っている。
久しぶりに電車に乗った。
帰宅時間と重なった為か随分と人が多い、が仕方の無い事だろう。そう許容していたはずだった。
けれど、次の駅で乗りこんできた顔を見た瞬間。広い心など消え去った。
「…げ」
明らかにこっちの台詞を言ってのけた馬鹿は、発車のアナウスと共に車内に堂々と乗り込んできた。
俺の顔見て、あんなに嫌そうな顔したんだから違うドアから乗れよ!むしろ歩け。
「…シズちゃんさぁ。なんか酷い事考えてるでしょ」
「手前と同じ空間で呼吸してる拷問に耐えてる時点で、それ以上酷い事なんてねぇよ」
「成る程ねぇ。いっそ息しなければいいのに。ちなみにその拷問、俺にも当てはまるって気付いてくれてる?」
「知るか」
コイツと話していると、本当にイライラする。
決して心から笑っていない笑顔とか、芝居じみた話し方とか、全部にイラつく。
流れていく景色を睨みつけながら、早く駅に着けとそれだけを考える。
「―――おっと」
電車が揺れて、ドアと俺に挟まれていたノミ蟲の身体が俺に寄りかかる。
「ああ、ごめん」
「…………」
素で謝ってきたので文句を言うタイミングが無くなってしまった。
なんだかコイツ、甘ったるい匂いがする。あと、体重かけてきたわりにすげー軽い。ちゃんと食ってんのか。
「はは…」
「…んだよ」
すん、と鼻を鳴らしてノミ蟲が笑う。
いつもと違って、面白そうなその顔に、一瞬意識を持って行かれる。
「シズちゃん、煙草臭い」
当たり前の事を嬉しそうに言う理由が分からずに、ただ視線だけを流せば、今度は意図して俺に寄りかかった臨也がもう一度、深く息を吸う。
「たぶんこれ、もう俺に移ってるよね。シズちゃんの匂い」
どうしてそんな顔をするのか、
どうしてそんなに気にするのか、
分からないまま、アナウスが駅の隣接を告げるのが聞こえて来た。
「――じゃあね、シズちゃん」
あっさりと身体を離したノミ蟲がホームへ消えるのを呆然と見つめる。
先程までの温もりを思い出しそうになって、自分の眉が寄るのがよく分かった。
安っぽいメロディと共にドアが閉まり、ああ、俺もこの駅で降りるはずだったのだと気が付いた。
「……くそっ…」
本当ならば俺からするはずのない、やけに甘ったるい匂いがする。同時にあの軽さを思い出し、頭を掻き毟った。
俺の人生で一番の不幸は、
(悔しい事に、とある想いの自覚だった)
―――――――
たまには、シズ→臨も。
でも、絶対この臨也さんはシズちゃんが好きだと思いました。(作文)
作品名:1分と40秒で訪れた 作家名:サキ