魔王父娘の魔獣狩り――ブダペスト郊外にて
魔王父娘の魔獣狩り――ブダペスト郊外にて
人々が寝静まっている深夜、ブダペスト郊外の森に一組の父娘がいた。
彼らは普通の人間ではなく魔王(ハンノキの王/女王)の血をひいているハンガリー貴族だ。
ダークブロンドの肩までの髪を持つ父親はイシュトヴァーン・フォン・ヘーデルヴァーリ。五十を過ぎているが体力は普通の二十代の人間の男よりもはるかにある。
同じく父譲りのダークブロンドの髪をした娘はエリザベータ。二十代後半だが見た目は十代後半にも見えるほど若々しい。
魔王といっても地球上の人間と全く異なった存在ではなく、元は貴族階級に起こった遺伝子の突然変異が原因で普通の人間とは別な能力を持った者を起源とする。
そのため現在魔王は貴族が大半である。
彼らは異性(同性の場合もある)の体液とある程度の性行為の持続が魔力の供給源となるため(これだけが唯一の供給源ではないが、大きな供給源だ)吸血鬼や淫魔のような特徴も持つ。
しかし彼らは人間といえば人間でありルシファーやサタンの類ではない。彼らに信仰心がないわけではないため、教会に毎週通っている者も多い。
ヨーロッパ各地の伝承でよく出てくる人型をした人間でない存在に近かったため、その名を称することになった。
ハンノキの王/女王と呼ばれるようになった所以は、ゲーテの詩に登場した「魔王」から来ている。
彼らは主に催眠術や生物を金縛りにさせる能力などを持つ。いわゆるファンタジー作品に登場するような大それた魔法は使えないものの、それに近いものも一応使うことができる。
しかし悪用すると(例えば盗みなど)ほぼ十割の確立で悪用をした使用者に仇が返ってくるため、悪用することはほとんど無い(そのため伝承に出てくるような悪の存在ではない)。
彼らには授けられた特殊能力の代わりに、いくつかの使命を持つ。
それはかつて人間と同じように遺伝子に突然変異を起こした動物が起源だったり、害をなす地球外生命体だろうといわれている魔獣を倒す魔獣狩りの義務も持つ。
彼らはその魔獣狩りに来ていた。
魔獣の存在は魔王の血をひく人々と普通の人間ならばその配偶者しか知らない。
グローバル化した世界でもこの状況が守られているのは、政治家などの中にも魔王の血をひく人々がいて、秘密裏に処理しているからである。
彼らの今回の標的は、イソギンチャクのような触手を持つ生き物だった。
ピンク色でグロテスクな触手を蠢かせ、濁った透明の液体を飛び散らせている。
「触手の類は厄介で嫌です。全身を弄られて変な液体を出されてしびれてぼうっとするし」
「早めに片付けよう。一般人を巻き込む前にな」
イシュトヴァーンの頭に角が生え、臀部からは黒い尻尾が生えてくる。
魔王としての能力を有る程度出すためには真実の姿にならなくてはならない。
しかし普段は普通の人間として彼らも生活しているので角と尻尾は隠している。
魔王本来の能力を出すことを力の解放というが、フルに力出すことはほとんど無い。その力の解放も幾分かの程度がある。
「はい」
エリザベータにも同様に角と尻尾が生えてくる。
魔王というのは父系社会で、跡継ぎとなる長男に魔王としての全ての力が受け継がれる(長男が死んだら次男、次男が死んだら三男というように)。
しかし跡継ぎとなる男がいない場合、女魔王も生まれる。
女魔王は女性ベースの両性具有であるが普段は通常女性体で、両性具有となるためには真実の姿になり更なる力の解放が必要である。
エリザベータは特殊な素材でできたサーベルを構え、イシュトヴァーンは同じく特殊な素材でできた両手剣を構える。
「はっ!」
イシュトヴァーンがイソギンチャクの本体部分を叩き割ると、液体が飛び散り触手がエリザベータに襲い掛かってきた。
エリザベータはサーベルを振り回しグロテスクな触手を切り刻んでいく。
触手は切り刻まれるたびにぶしゅ、と木苺のような赤い液を散らしていく。
切り刻まれたときに出る赤い液体には酸っぱい匂いが強烈なだけで他に害は無いが、触手の表面から出ている濁った透明の液体には痺れさせたり催眠作用があるので注意が必要だ。
そのため、イシュトヴァーンもエリザベータも特殊な素材でできた甲冑を身につけている。
「散れ!」
目を見開いて固定化の呪文を唱えた後、エリザベータは触手を斬りつける。一方イシュトヴァーンは魔力をこめた特殊な弾丸で本体を攻撃している。
赤い液体と濁った透明の液体がエリザベータの甲冑を汚すが、気にせず彼女は次々と撒き散らすように触手を斬りつけていく。
「まずいっ」
いつもより調子が良く、固定化で全てがなんとかいくと油断していたためふとした隙にエリザベータは触手に右足を緊縛されてしまう。
「い、嫌っ……固定、固定!」
固定化の呪文とはいえ限度があり、エリザベータは異性の体液を全く摂取せず生焼けの肉や血に近い味がする温泉水や硬水で代用しているため魔力が高いとはいえない。
そのため固定化が触手全てには及ばなかった。
「お父様、助けて! 触手が、足に」
懸命の力を振り絞ってサーベルで触手を散らしていく。しかし一旦バランスが崩れてしまい、思うように力が出ない。
「もう少し待っているんだ。本体がもう少しで死ぬ」
イシュトヴァーンは本体に両手剣を叩きつけることに頭がいっぱいで、娘はそれほど心配するような状況になっていないだろうと思っていた。
「ちょっと、顔に……うぐっ……」
口に触手をねじ込まれてエリザベータの意識は朦朧とし始める。このとき、エリザベータは顔を覆うタイプの冑を身につけていなく、顔を露出していた。
「やられたか」
ようやく重大さに気づき、イシュトヴァーンは触手に襲われたエリザベータの救助へと向かう。
エリザベータは目がうつろになり、サーベルを落とし、口からは涎を垂らし、全身は触手に緊縛されていた。
「娘をよくも!」
そうは言うものの、イシュトヴァーンは武器が使えないことに気づき舌打ちをする。
その後直接魔力をため、触手にぶつけるが(その攻撃は魔王には害は無い)今回の魔獣は手ごわいらしくなかなか倒すことができない。
エリザベータは涙を浮かべている。触手は基本的に全身を弄り、濁った透明の液体で痺れさせ催眠状態にさせ害を与える魔獣である。
中には口に出すことが憚れる部分を辱めさせるものもいる。
そのためイシュトヴァーンは慌て、エリザベータは絶望に暮れていた。
「もっと力を解放しろ」
しかし力の解放にはリスクがある。まして異性の体液を全く摂取しない者にとっては。
我を忘れ、この世のものとは思えないほどの力で戦ったあと二十時間以上の眠りにつくことになる。
「これ以上の辱めは父親として見たくない」
「う……う、う……ううううう!」
角は山羊の如く巨大化し、片方の目の色が緑から青に変わり、歯は肉食獣のごとく鋭くなる。
エリザベータは触手を噛み切り、吐き出し、素手で触手を毟り始めた。
「私を辱めてただで済むと思っているのか。お父様、両手剣を」
イシュトヴァーンに渡された両手剣をエリザベータが手にすると、両手剣は青白く光り始めた。
人々が寝静まっている深夜、ブダペスト郊外の森に一組の父娘がいた。
彼らは普通の人間ではなく魔王(ハンノキの王/女王)の血をひいているハンガリー貴族だ。
ダークブロンドの肩までの髪を持つ父親はイシュトヴァーン・フォン・ヘーデルヴァーリ。五十を過ぎているが体力は普通の二十代の人間の男よりもはるかにある。
同じく父譲りのダークブロンドの髪をした娘はエリザベータ。二十代後半だが見た目は十代後半にも見えるほど若々しい。
魔王といっても地球上の人間と全く異なった存在ではなく、元は貴族階級に起こった遺伝子の突然変異が原因で普通の人間とは別な能力を持った者を起源とする。
そのため現在魔王は貴族が大半である。
彼らは異性(同性の場合もある)の体液とある程度の性行為の持続が魔力の供給源となるため(これだけが唯一の供給源ではないが、大きな供給源だ)吸血鬼や淫魔のような特徴も持つ。
しかし彼らは人間といえば人間でありルシファーやサタンの類ではない。彼らに信仰心がないわけではないため、教会に毎週通っている者も多い。
ヨーロッパ各地の伝承でよく出てくる人型をした人間でない存在に近かったため、その名を称することになった。
ハンノキの王/女王と呼ばれるようになった所以は、ゲーテの詩に登場した「魔王」から来ている。
彼らは主に催眠術や生物を金縛りにさせる能力などを持つ。いわゆるファンタジー作品に登場するような大それた魔法は使えないものの、それに近いものも一応使うことができる。
しかし悪用すると(例えば盗みなど)ほぼ十割の確立で悪用をした使用者に仇が返ってくるため、悪用することはほとんど無い(そのため伝承に出てくるような悪の存在ではない)。
彼らには授けられた特殊能力の代わりに、いくつかの使命を持つ。
それはかつて人間と同じように遺伝子に突然変異を起こした動物が起源だったり、害をなす地球外生命体だろうといわれている魔獣を倒す魔獣狩りの義務も持つ。
彼らはその魔獣狩りに来ていた。
魔獣の存在は魔王の血をひく人々と普通の人間ならばその配偶者しか知らない。
グローバル化した世界でもこの状況が守られているのは、政治家などの中にも魔王の血をひく人々がいて、秘密裏に処理しているからである。
彼らの今回の標的は、イソギンチャクのような触手を持つ生き物だった。
ピンク色でグロテスクな触手を蠢かせ、濁った透明の液体を飛び散らせている。
「触手の類は厄介で嫌です。全身を弄られて変な液体を出されてしびれてぼうっとするし」
「早めに片付けよう。一般人を巻き込む前にな」
イシュトヴァーンの頭に角が生え、臀部からは黒い尻尾が生えてくる。
魔王としての能力を有る程度出すためには真実の姿にならなくてはならない。
しかし普段は普通の人間として彼らも生活しているので角と尻尾は隠している。
魔王本来の能力を出すことを力の解放というが、フルに力出すことはほとんど無い。その力の解放も幾分かの程度がある。
「はい」
エリザベータにも同様に角と尻尾が生えてくる。
魔王というのは父系社会で、跡継ぎとなる長男に魔王としての全ての力が受け継がれる(長男が死んだら次男、次男が死んだら三男というように)。
しかし跡継ぎとなる男がいない場合、女魔王も生まれる。
女魔王は女性ベースの両性具有であるが普段は通常女性体で、両性具有となるためには真実の姿になり更なる力の解放が必要である。
エリザベータは特殊な素材でできたサーベルを構え、イシュトヴァーンは同じく特殊な素材でできた両手剣を構える。
「はっ!」
イシュトヴァーンがイソギンチャクの本体部分を叩き割ると、液体が飛び散り触手がエリザベータに襲い掛かってきた。
エリザベータはサーベルを振り回しグロテスクな触手を切り刻んでいく。
触手は切り刻まれるたびにぶしゅ、と木苺のような赤い液を散らしていく。
切り刻まれたときに出る赤い液体には酸っぱい匂いが強烈なだけで他に害は無いが、触手の表面から出ている濁った透明の液体には痺れさせたり催眠作用があるので注意が必要だ。
そのため、イシュトヴァーンもエリザベータも特殊な素材でできた甲冑を身につけている。
「散れ!」
目を見開いて固定化の呪文を唱えた後、エリザベータは触手を斬りつける。一方イシュトヴァーンは魔力をこめた特殊な弾丸で本体を攻撃している。
赤い液体と濁った透明の液体がエリザベータの甲冑を汚すが、気にせず彼女は次々と撒き散らすように触手を斬りつけていく。
「まずいっ」
いつもより調子が良く、固定化で全てがなんとかいくと油断していたためふとした隙にエリザベータは触手に右足を緊縛されてしまう。
「い、嫌っ……固定、固定!」
固定化の呪文とはいえ限度があり、エリザベータは異性の体液を全く摂取せず生焼けの肉や血に近い味がする温泉水や硬水で代用しているため魔力が高いとはいえない。
そのため固定化が触手全てには及ばなかった。
「お父様、助けて! 触手が、足に」
懸命の力を振り絞ってサーベルで触手を散らしていく。しかし一旦バランスが崩れてしまい、思うように力が出ない。
「もう少し待っているんだ。本体がもう少しで死ぬ」
イシュトヴァーンは本体に両手剣を叩きつけることに頭がいっぱいで、娘はそれほど心配するような状況になっていないだろうと思っていた。
「ちょっと、顔に……うぐっ……」
口に触手をねじ込まれてエリザベータの意識は朦朧とし始める。このとき、エリザベータは顔を覆うタイプの冑を身につけていなく、顔を露出していた。
「やられたか」
ようやく重大さに気づき、イシュトヴァーンは触手に襲われたエリザベータの救助へと向かう。
エリザベータは目がうつろになり、サーベルを落とし、口からは涎を垂らし、全身は触手に緊縛されていた。
「娘をよくも!」
そうは言うものの、イシュトヴァーンは武器が使えないことに気づき舌打ちをする。
その後直接魔力をため、触手にぶつけるが(その攻撃は魔王には害は無い)今回の魔獣は手ごわいらしくなかなか倒すことができない。
エリザベータは涙を浮かべている。触手は基本的に全身を弄り、濁った透明の液体で痺れさせ催眠状態にさせ害を与える魔獣である。
中には口に出すことが憚れる部分を辱めさせるものもいる。
そのためイシュトヴァーンは慌て、エリザベータは絶望に暮れていた。
「もっと力を解放しろ」
しかし力の解放にはリスクがある。まして異性の体液を全く摂取しない者にとっては。
我を忘れ、この世のものとは思えないほどの力で戦ったあと二十時間以上の眠りにつくことになる。
「これ以上の辱めは父親として見たくない」
「う……う、う……ううううう!」
角は山羊の如く巨大化し、片方の目の色が緑から青に変わり、歯は肉食獣のごとく鋭くなる。
エリザベータは触手を噛み切り、吐き出し、素手で触手を毟り始めた。
「私を辱めてただで済むと思っているのか。お父様、両手剣を」
イシュトヴァーンに渡された両手剣をエリザベータが手にすると、両手剣は青白く光り始めた。
作品名:魔王父娘の魔獣狩り――ブダペスト郊外にて 作家名:François