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きゅうじつ。

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 ブラックのコーヒーを手前の机において、ソファーに体を預けた。首都でありながら郊外のこの家は静かだ。ふぅ・・・とこの静かな部屋に一つ、ため息の音を漏らした。

 久しぶりの休日だった。再統一を果たしたドイツにはするべきことが山積みだった。お互い家は同じでもすれ違いが多かった。ふと、いつ兄の顔をまともに見たかと思い起こせば、あの壁が崩れたときぐらいだということに気付いた。
 兄さん。
 前よりも逞しくなった俺の体を抱きしめて、兄は何を思ったんだろう。

 統一は兄さんを吸収するかたちになった。経済力の差からして当然だったのだろう、だから兄さんはあまり体調が良くないはずだ。「はず」なのは、本人に確認したことがないからだ。時間もないことも然ることながら、兄の性格からして「全然元気だ」というのは目に見えていた。あの人は俺に心配させまいと、俺の前では全てを隠すのだ。

 ―――――――それは、いつ、どの時代も変わらなかった。

 ラインのときも、帝国のときも、共和国のときも。・・・いつだって、兄さんは俺を庇護するため、必ず一歩後にいた。そしてけして弱い部分は見せなかった。それに献身的で、まるで騎士だった。いや、兄さんは元々騎士の国であったから、もしかしたら彼はそれが自分の役割だと思っていたのかもしれない。

 どちらにせよ。


「俺には何も言ってくれないのだがな」

 一口、コーヒーを飲むと、いつもとおんなじ淹れ方をしたはずが少しすっぱく感じた。味覚は心情に左右されるのだなぁ。なんて柄にもなくぼんやりとおもった。ふと思ったことから感情が出てくることはよくあることだ。それは国の化身の自分も例外ではなく、ふつふつとわいて出てくる思いのせいで、段々と目がうつろになっていくのをドイツは感じた。カフェインには逆の作用があるはずなのに、おかしい。おれの眼はうつろになって、今めのまえにいない兄さんしかうつさなくなっていくのだ。

「にいさん」
 どうしてなにもいってくれないんだ。

「にいさん」
 おれはたよりないだろうか。

「にいさん」
 おれがおとうとだからか。

「にいさん」
 でもおれはあなたにたよってほしいんだ。

「にいさん」
 だからがんばったんだ、あなたが、あなたと

「いっしょにいたいんだ、にいさん」
 あいてのきもちがみれないなんてふあんだ。


 にいさん。にいさん。にいさん。・・・いない兄に話しかけても、意味がないことくらいわかっているが、止められなかった。
 ふつふつと湧き上がる感情はいよいよ頂点に達して、方がぶるぶると震えだしてきた。虚ろになった目は歪んでいく。まつげが水分の重さに頭をもたげている。
 こうなると、五感は触覚ぐらいしかよく働かなくなってしまう。涙の重さを感じながら、他の器官は麻痺していた。


 だから気付かなかった。


 涙が出る直前で、首に手が回された。びくっ、と体がはねた。それにより、予定よりも大粒の涙がおれの頬をぬらした。


「泣くな、ヴェスト」


 耳の横で、聞きなれた声が鼓膜をノックする。すると五感は急激に動き出した。

 嗅ぎなれたその臭いは冬の空気と混ざって何か違う匂いのよう。

 同じく冬の空気を纏う両腕が感情で火照った体に心地よい。

 クリアになった視界を右に向ければ、愛しい銀糸が見える。
 
 口に残っていたブラックのコーヒーが異常に甘くなってゆく。


「に、にぃさ・・・」
 みっともなく震える声が憎たらしかった。兄は気にしてないのか、おれの右の頬にキスをするとばかだなぁ、お前は。といってきた。


「半日で帰ってくればお前・・・・何考えてるか知らなねーけどよ、おれだってお前と同じ気持ちなんだぜ?」
「同じ・・・・?」
「ずっと一緒にいたいと思ってんだよ、俺だってさ。ずっと、ずっとこうしてたいんだよ」


 お前だってそうだろ?と、至近距離で顔を覗きこまれる。それはどっちかというと兄が見上げるような仕草だったが、とにかく俺は兄のアルビノを混ぜたその紫の瞳に吸い込まれて言葉が出せなくなってしまったので、コクリと緩く首を動かした。涙なんて先ほどの大粒が全て持っていってしまったらしく、すっかり乾いてしまった。

「・・・ケセ、やっぱ可愛いなぁお前。さすが俺のヴェスト。これ以上俺を骨抜きにしてどうするんだ?」
「なっ、・・・に、兄さん!こんな図体の俺にそんな可愛いなんて似合わないことをいわないでくれ!」

 小さなことはよく言われた言葉だが、此処40年はそういってくれる人はいなかったし、その間にデカくなってしまった自分にまさか言われると思っていなかったので、思わず赤面してしまう・・・いや全身が真っ赤になった。
 兄さんはまるでイタズラに成功したような笑みのままケセセ!やっぱり可愛いぜ、俺のヴェスト!愛するルッツ!などといってくる。

 俺はどうしたらいいかわからなくなって、とりあえず、兄の腕を思い切り外し、ソファーから勢いよく立ち上がった。俺に銃身を預けていた兄さんはうぉぉお!?なんて間抜けな声を出して尻もちをついたのが、少しだけいい気味だと思ってしまう。

「・・・・・・・・・こ、コーヒーを入れてくるから此処で待っててくれ」
「そういうことは立ち上がる前に言えよな!っあーいってぇ・・・」

 尻をさする兄は端から見れば少し間抜けなのかもしれないが、今の俺にはその姿さえもカッコよくて、とても愛しく映ってしまう。


 兄さんは、今も変わらず俺を「かわいい」といってくれた。・・・頼ってほしい、とはいえなかったが。そういうことはあまり自分からいうものではないのかもしれない。今はまだ頼ってくれなくても、いつかは頼ってくれるように、俺は俺で頑張ればいいのだ。いつか頼ってくれても大丈夫なように。
 愛しい兄さん。あなたは俺を「可愛い」といったが、あなたはこれ以上「カッコよく」なって俺をどれだけ骨抜きにしてどうするつもりなんだ。


 カチャリ、と、淹れたてのコーヒーと共に昨日買っておいたクーヘンを一緒にだす。
「お!なんだクーヘンなんてあったのか?」
「俺は今日休みだったからな。・・・今日の朝食おうと思ってな、これは兄さんの分だ」
「ダンケ!ケセセッ、お前準備いいな!」
「ああ。・・・そういうことは得意なんだ」


 だから、いつでも頼ってくれるように「準備」しているから、いつでも頼ってくれ、愛する俺の兄さん。




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はじめまして。初普独です。プーって実はカッコいいんじゃないかと思ってます。ドイツの可愛さは世界基準なんで今更何もいうことはありませんね^^そしてタイトルが思いつかない罠。
 

作品名:きゅうじつ。 作家名:いちま