鹿島くんと堀先輩
ちっとも風の通らない、ひどく蒸し暑い場所だった。間違っても快適とは言えないが、不平不満を口にするつもりはなかった。普段は誉めそやされることの多い長い手足を縮め、じっと息を殺して身を潜めている。
あまりに口数が少ないのを不審に思ったか、傍らの人物が怪訝な顔をしてこちらを覗き込む。
「おい、鹿島。いやに静かだな。眠いのか?」
星明りしかない暗闇だが、さすがにこの至近距離なら、表情の判別はつく。鹿島は慌てて拳を握りしめて訴えた。
「そんなわけないじゃないですか! こんなにも! 楽しみにしているのに!!」
「うるせえ。黙れ」
冷ややかな声と共に、スパンっと後頭部を叩かれて、鹿島は恨みがましく相手を睨んだ。
「黙ってたら文句言ったの、先輩なのに。理不尽!」
「だからって大声出してんじゃねーよ。何のためにこんなとこに隠れてると思ってんだ。せっかくの肝試しが台無しになるだろが」
それがわかっていたから、話しかけたいのを我慢して大人しくしていたというのに、まったくもって理不尽だ、と鹿島は再び心の中で繰り返す。
「つーかさ、やっぱお前、裏方じゃなくて普通に回りたかったんじゃねえの?」
繁みの向こう側、肝試しのコースである小道に目を配りながら、彼はそんなことをぽつりと呟いた。
「何でそう思うんですか?」
「だってお前、女子侍らせんの好きじゃん」
「むさ苦しい男に囲まれるよりも、可愛い女子と戯れる方が楽しいに決まってるじゃないですか」
「否定はしねえけど、キメ顔で言うことでもねえな」
「そういう先輩はどうなんですか。……あっ、もしかして先輩は侍らすのよりも侍らされるのが!?」
「鹿島。三秒以内に口閉じないとぶっ飛ばすぞ」
そんな遣り取りの間も、こちらを一瞥する気配さえ見せないまま、彼の視線は繁みの向こうだ。
物足りないけれど、仕方がない。可愛いお姫様たちの誘いを断ってでもこの場所を選んだのは鹿島自身で、呆れながらもそれを許したのは彼だ。
(こんな特等席、誰かに譲れるわけないじゃないか)
星明りしかない暗闇で、瞬きさえ忘れるほどに。
「――来たぞ」
高揚の滲んだ低い声に、鹿島は短く息を呑んだ。