Like it or not,
水だけを摂取したきり、あまりに長時間資料室にいるので心配になって見に行った時のことだ。自分が泣いていることにも、俺が入ってきたことにも気付かない様子で。
ただ、静かに泣いていた。
―― Like it or not, ――
六十年分の時間を、しかも未だ訪れていない未来を見たのだ。その衝撃に感情が追いつかなかったのだろう。
一瞬躊躇するも、声をかける。
「泣いて…いるのか?」
「ああ、角松二佐。気付かなかった」
少し照れたように涙を拭う。
「これから歩み、あなたがたにつながるこの国の物語はすごいものだな。どれ一つとして予測がつかない」
俺が、あの海から救った。この男に未来を見せたのは俺だ。
無理矢理こちら側へ引きずり込み、想像も出来ないほどの衝撃を与えてしまったのだ。
考えるよりも先に体が動く。もちろん自分の信念にそった行動だ。だが、その行動がこの男の目に涙を浮かばせることになっている。
それなのに。
その涙を、その笑みを、美しい、と思った。
我々の目線で見れば、この男は死んでいるのだ。仮に生きていたとしても決して三十二歳のこの男に出逢うことはない。
本当はいない。
だから美しいのか?
あの時、水偵の上で気を失っていたこの男を美しいと思わなかったか?
否。最初から美しい男だと思っていた。
目の前の人命を救う以上の気持ちがなかったと言えば嘘になる。
「草加……」
ん?と、まだ少し赤い目で俺を見上げる。
「お前は……あそこで死んでいるはずだった。それなのに、本来知ることのない未来を見せられ、俺を恨んだりしていないのか?」
驚いたのか、色の薄い大きな目が今以上に大きくなる。そして苦笑するように俺の言葉に答える。
「命を救われて、その恩人を恨むような人間に私はお目にかかったことがない。未来を見せてもらったことも、興味深いことを沢山知ることができてとても嬉しい」
それに、と少しはにかむようにして続ける。
「あの海から私を救ってくれたのが他の誰でもないあなたで、本当に良かったと思っている。ありがとう」
こちら側へ引きずり込んだと思っていたのは間違いだったのかもしれない。多分、一目見た時にそちら側、草加拓海に、惹かれていたのだ。
ふわりと微笑む姿に、泣き顔よりもこうして笑っているほうが良い、またそんなことを考えてしまう。
作品名:Like it or not, 作家名:東雲