二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

回転少女は止まらない

INDEX|1ページ/1ページ|

 



 追いつかれないように、走る。
(何に?)
 アルフレッドは自問しながらも走るのを止めなかった。心臓がうるさい。息も上がってくる。
(なにに逃げてるんだろう)
 内なる自分は冷静に考える。けれど走っている自分は内なる声に応える暇は無いようで。
「はあ、はあ、はあ」
 息が乱れる程なのに、足がもつれそうになっているのに。それでも走る、走る。追いつかれないように。
(だから、何に)
 答えは無い。自分でも知らない、分からないのだから。
「うあっ!」
 ついに疲れで足がもつれてしまい、前のめりに転倒する。膝を強く打ち、とっさに前に出された両手が地面への激突を和らげる代わりに擦り切れる。痛い。
「うっ……」
 痛みにうめくと遠くから足音が聞こえてきた。とても慌ただしい、先程の自分のように。走っているようだ。
 荒い息を整えようと努力だけしながらゆっくりと後ろを首だけで見る。走ってくる人物が段々近づいてくるのが分かる。段々、顔がはっきり見えてきた。
「イヴァン……?」
 掠れた声で名を呼ぶと必死に走って来た彼もこちらに気づいたらしい。自分と違って転ばずに立ち止まる。けれど、彼も疲れているらしい。すぐに膝をついた。
「はあ、はあ……ある、ふれっど……くん」
 掠れた声と常ならば薄紫の瞳が疲労で色濃くなっている姿に見惚れる。
(綺麗な目だったんだ)
 そんなことも知らなかった。良く見ればとても整っている顔立ちだとか綺麗なプラチナブロンドなのだとか。あれほど敵対し、あれほど睨みあった仲なのに。
(今頃気づくなんて……アーサーの言う通りだな)
―― お前は全然周りのこと見てねえじゃねえか ――
「アルフレッド君?」
 息が整ったらしいイヴァンに再度呼ばれ、思考の中から浮上する。はっとして見ればイヴァンがいぶかしむようにこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「べ、別に……それよりも、ここって何処だい?」
「僕も知らないよ……気が付いたらここにいて……走ってた」
 イヴァンも自分と同じ状態らしい。ようやく息も落ち着いたのでゆっくりと立ち上がる。周りを見渡すが、暗い薄曇りの空が広がっているだけで看板も建物も見えない。自分たちが立つ地面もただの土らしい。本当に何もない、ただ広いだけの空間だった。
「……どうしてこんなところにいるんだろう」
「さあね」
 イヴァンも落ち着いたのかゆっくりと立ち上がる。トレードマークのマフラーが動きに合わせて揺れるのが視界の片隅で分かる。揺れ動くのが分かる度に、心臓がどくんどくんと鳴るのがうるさくて仕方がない。
「どうして走ってたのか、わからないんだぞ」
「君もなんだ。僕もだよ」
 ぽつりとこぼした言葉にイヴァンがこちらを見てにこりと笑う。そんな顔もできるなんて、知らなかったよ。
「あんなに逃げないとと思っていたのに」
 けれど、どの道走れない気がする。イヴァンは「うん」と頷いて身体ごとこちらを向いた。
「もう、いいんじゃないかな?」
「うん。そろそろ疲れたよ」
 再び腰を下ろす。地面の冷たさがズボン越しに伝わってくる。隣にイヴァンも腰を下ろす。
「ねえ」
「なんだい?」
「君とこうして一緒にいるなんて初めてじゃない?」
「そうかもしれないな」
 こうして落ち着いて座っているなど経験があっただろうか。いや、隣に腰かけることはあっても互いに線を引いて片手にはいつも獲物があった。
「……僕たちの間にこんなに隙間が無いのは初めてだね」
「そうだね」
 互いに近くにいても溝が、穴があった。それは深く、どこまでも落ちて行けそうなほどで。そしてとても薄暗い。
「懸命に逃げて、追いかけて、そしてまた僕たちは互いを傷つけて。そればっかりしてたね」
「そうしないといけなかったじゃないか」
「うん。だから否定なんかしないよ。ただ」
 一つだけ呼吸をおいてイヴァンは続ける。
「こうしているのも悪くないなって思えたから。もっとこうしていられる時間があったらなあって思ったんだよ」
「それなら、さ」
 イヴァンを見つめて自分でも予想しない言葉を口にする。
「息を止めて、終わりにしないかい?」



 まぶしい光に照らされて、アルフレッドは目を開けた。見慣れた天井に、背中にはベッドの感触。雑にかけられた布団。
「……ゆ、め?」
 驚いて起き上がる。枕元の目覚まし時計はいつも起きる時間より少し早めの時間を示していた。
「……そうか、夢か」
 妙に納得して目覚まし時計のアラームを切る。ゆっくりと足を下ろして床の上に立つ。夢の中でけがをしたはずの手は傷一つなかった。
「……なんでイヴァンだったんだろう」
 考えながら、リビングへ移動してコーヒーメーカーのスイッチを入れる。無意識になされるいつもの習慣。
 習慣を覆す音が玄関から聞こえ、アルフレッドは覚醒しきっていないまぶたをこすりながら玄関へ向かう。
「誰だい? こんな朝早くに」
「僕だよ」
 扉越しに聞こえた声にアルフレッドは固まる。そして震える手で扉を開錠した。
(バカじゃないか……俺)
 夢に見たことの影響で、こんなに簡単に開けてどうする。そもそも離れて住む彼がわざわざこんな時間に来ることをもっと警戒すべきだろうに。
 それに気づいたところでもう扉は開かれて、そこには長身の先程まで夢で隣に座っていた人物が立っていた。
「……なんだい?」
「君に会いたくなったんだ」
 言うなり、イヴァンは急に腕を伸ばしてこちらを抱きしめてきた。驚きで固まる。いつもの自分なら突き飛ばすか嫌味の一つでも言ってやるところなのに。できない。
「やっぱり」
「何がだい?」
「夢に君が出てきたんだ」
「……っ!」
 驚いてイヴァンの顔を見る。わずかに自由に動く範囲で顔を動かすと視線が絡まった。
「……」
「息を止めて、終わりにしようか」
「あ……」
 囁きと共に奪われた唇は息を止めると言うよりも、奪われた。

作品名:回転少女は止まらない 作家名:佐保