アンインストール
にぃ、と男は口端だけを上げた。その瞳は笑っていない。否、男が真実笑ってみせたところなど、静雄は知らない。見たことがない。
くすくす、けたけたと耳障りな声を上げて跳ね回ってみせても、静雄のことをこれでもかというほど嵌めて欺いて貶めて跳ね飛ばして、どんなに思惑通りに事が運んでも、男は笑わない。
―― アンインストール ――
シズちゃんは力の使い方を知ったからと言って人間らしくなってはいけない。人間みたいに人の感情の細かい機微など知ってはいけない。
だって俺はシズちゃん、君のことが大嫌いなんだから。人間という存在を愛しているこの俺に憎まれ疎まれているのが君なんだから。人間を超えてるから嫌いなのかシズちゃんだから嫌いなのかは卵が先か鶏が先かの問いと同じ。ああでもこれは単細胞生物である卵のほうが先に出現した、というのが解答の筈だったかな。
男は静雄の大嫌いなくだらない理屈をこねる。言葉を重ねて全てを煙に巻く。
難しいこと言っちゃってごめんねぇ? シズちゃんも単細胞だもんねぇ? わっかないよねぇ?
間延びしたような声にふつふつと湧き上がる苛立ちを静雄は押し込める。男は嘲りの色を細めた瞳に乗せてあからさまな挑発の言葉を吐く。静雄はずれたサングラスの位置を指で直した。この挑発に乗るからいけない。
無数の愛の刃を向けられたあの夜以来、暴力を力にするすべを学んだ静雄はそうして己の身の内に籠もる強大な力を自らの内に向けた。挑発には乗らない。思惑は通らない。思惑を通させない。そうイメージする。
挑発に乗ることすら思惑通りなのだ。どうせ何を言っているのかはほとんど分からないのだ。ならば乗らない。だから乗らない。
君が人間になってしまったら俺は君のことを好きにならなくちゃいけなくなる。俺はすべからく人間を愛しているので。
全ての人間を、あらゆる人間を、愛して愛して愛して愛してやまないこの俺が、君だけは大嫌いなんだよ。だから君は人間になんかなっちゃいけない。君は俺の唯一無二の絶対の存在なんだから。
君は他の大多数と同じになんかなっちゃいけない。
男の言葉はとても平易なものだった。子供のわがままのようだった。静雄のことが、静雄のことだけが特別だと叫んでいた。
しかし、静雄にとって男は意味の分からないことを喚き続けるノミ蟲でしかなかった。