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ネイビーブルー
ネイビーブルー
novelistID. 4038
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君の知らない未来

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 可哀想な奴が来た、と思った。ぼくは新たな同居人を見て、哀れに思うことしかできなかった。

 そのリザードは、戦うことが出来なかった。覚えている技はただ一つ、「腹太鼓」のみだった。これはぼくが覚えている限り、自らの腹を勢いよく叩いて鼓舞し、体力を半分削る代わりに戦闘能力をぐーんと上げる技だったと思う。それなのに、彼が覚えているのはその「腹太鼓」のみだった。折角戦闘能力を上げても、攻撃技を覚えていなければ意味がない。ただ、自分を傷つけただけ。可哀想な奴だった。多分、戦闘で使われることなんて無いと思うけど。

 彼はここに来た当初、辺りをきょろきょろと見回して、ぼくしか動きそうなものがいないことを認めると、「なんだぁ」とがっかりしたような声を出した。
「……何が」
「可愛いお姉ちゃんとか、いると思ったのによ」
「悪かったね、可愛くなくて」
 メタモンに可愛いも何もない、とぼくは思う。ただの、藤色のぐねぐねとした粘土みたいな固まりだ。もし彼が、同族の女の子や、同じ卵グループの女性達を楽しみにしていたのならば申し訳ないと思う。彼の最後の希望を打ち砕いたも同然だからだ。
 彼は、自分がこの先どのような運命をたどるかを知らないようだった。まさか卵を作るための材料にされるなんて、思ってもいないに違いない。ぼくだって、最初は間抜けな期待を抱いていたんだから。ぼくは彼に、それを教えてあげるべきかどうか悩んだ。けれど、彼の生命力に満ちた瞳を見ていると、とてもそんなことは出来なくなった。それにどうせ、近いうちに彼だって悟る。だから、ぼくは何も言わないことにした。

 ここにいたって、することは少ない。暇なのだろう、彼は色々なことをぼくに話しかけた。ぼくはあまり喋るのが得意ではないので、饒舌な彼との会話には苦労した。
「俺の父ちゃんはカントーから来たんだ。ジェントルマンが持ってた奴でな、その卵を俺の今の主人がもらったんだ」
「そう」
「お前はどこの出身なんだ? 似たような奴を、すぐ近くの茂みで見たけどよ」
「すぐそこの茂みだよ」
「ふうん、じゃああんまり世界を知らねえんだな。俺も知らないけどよ。でも、いつかは広い世界に出てみたいぜ。リザードンになったら、でっかい羽で空を飛び回るんだ。海にだって行けるぜ、尻尾の火が消えたらヤバイけど、空飛べればそんな心配ないもんな」
「そうだね」
「お前、つまんねえなあ」
 つまらないと言いつつ、彼は楽しそうに話した。喋るのが好きなんだろう。腹太鼓を覚えていることの自慢、そしてそれを戦闘で使うことへの憧れを語られたときにはどうしようかと思ったが、次第に彼は、ぼくが黙っていてもあまり気にしなくなった。一方的に話すのを聞いている分には楽だ。

 数日後、彼はいつものように話していたのをぴたりと止めると、思い出したかのように尋ねた。
「なあ、名前は?」
「無いよ」
「お前もねえのかよ。俺の主人は名前をつけねえ主義なのかな。一緒に連れてたユキメノコには、ユキメって名前をつけてたのによ」
 ユキメノコの名前を聞くと、ぼくはあの可哀想な彼女を思い出した。彼女が引き取られていってから、しばらくたつ。ぼくと彼女の子どもの中から選び抜かれたのが、今主人が連れているユキメノコだった。幸せであればいい、と思う。彼女の分も。
「なあ、お前、何でそんな顔してんだよ」
「そんな顔?」
「寂しそうな顔」
 メタモンに表情などはない。けれど、彼は実に真剣な顔で言い切った。何を言っているんだと思ったけれど、「そう見える」と返事をした。
「お前は俺より長く預けられてるけどさ、そのうち主人が迎えに来てくれるって。かなりレベルも上がってんだろ?」
 彼は元気づけるように言ったが、それがあり得ないことは誰よりぼくが知っていた。ぼくの使い道を、彼は知らないんだ。どんなにレベルが上がっても、ぼくは戦闘で使われない。彼が連れ歩いてくれることはない。
「なあ、お前、変身できるんだろ」
 少し重くなった空気を振り払うように、彼は明るく言った。
「俺と同じ、リザードに変身してくれねえ?」
「いいよ」
 ぼくの顔は見飽きたんだろう。同族を所望した彼に、ぼくは答えた。ついでに、彼の理想も叶えてやった。即ち、リザードはリザードでも、いつか育て屋のお爺さんが読んでいた雑誌に載っていた、コンテストで上位入賞を果たした雌のリザードに変身したのだ。当然、美しい顔をしているに決まっている。彼はぼくをぽかんと見た後、元々赤い顔をさらに真っ赤にした。
 喜んだ彼を見て、ぼくは少しだけ嬉しくなった。ぼくは何も出来ないし、ぼくの使い道なんて限られている。でも、ぼくの能力で、まだ誰かを喜ばせることが出来るんだと思った。
「なあ、お前、雌なの?」
「ぼくはメタモンだから、性別はないよ」
「そっか。いや、ぼくっつーもんだから、てっきり雄かと思ってたぜ」
 急に、何かを意識し始めたのか、リザードはもじもじとし始めた。同時にぼくは、彼との別れが近づいたことを悟った。腹太鼓しか知らないリザード。哀れな彼は、主人が望むどおりの行動をとった。

 腹太鼓しか知らない彼は、レベルが上がって別の技を覚えると、すぐに主人に引き取られていった。そして、他の技を忘れて帰ってきた。次こそは戦闘で使われる、と喜び勇んで引き取られていく彼を見る度に、ぼくの心はちりちりと痛んだ。可哀想に。ぼくは知っていた。ただ一つの技だけを覚えているポケモンの雄の使い道は、遺伝用の親だ。彼の子どもに優秀なのが生まれれば、彼は永遠に引き取られてパソコンの中で眠る。
 可哀想に。ぼくは気の良い彼との卵が主人に渡される度に、その子どもが優秀でなければいいと思った。永遠にそれが続くはずはないのだけれど、延々とそれを思い続けた。

 そしてある日、彼は再び引き取られた。そして、二度と戻ってこなかった。ぼくの耳には彼の明るい声だけが残り、そして、ぼくの姿はまた藤色のぐねぐねに戻った。