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faraway

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実家の道場に新田を誘ったのは、ついでと言えばついで、何となくだった。
 新田は、随分と真剣に空手に取り組み、瞬く間に初段まで昇進していた。
 初めて会った頃の負けん気の強さは顔を潜め、気付けば子犬のように人懐っこい表情で俺の側にいた。

「そんなん、健ちゃんに対してだけだって」
 かれこれ10年近くを共にする、熱い気持ちを軽いノリでひた隠す友人が、頬杖つきつつふくれっ面で言う。
「あいつ、俺のこと、ぜーったい下に見てるって。時々、すげー笑顔で嫌味言うんだぜ」
「そんなことはないだろ。昔と違ってあいつだって、才能だけじゃやっていけないことは十分わかってるし、お前だけじゃないが、皆がどれだけやってるかだって見てきてるんだ」
「あら、健ちゃんは随分とあいつの肩を持つのねー。一緒にいる時間長過ぎて、情でもうつっちゃった?」
「何をどうしたらそうなるんだよ……客観的に見てだな……」
「若島津さん! ちょっといいですか!?……って、あ、お話中でしたか?」
 話題の主が現れて、一瞬、反町の眉間に皺が寄る。おまけに、
「そー。お話中。だから、また後でねー」
と、にべもない。
「反町! お前は本当に……ああ、新田、ただの雑談だ、気にするな。何か用か?」
「……あ、はい! ちょっと、シュート練に付き合ってもらおうかと」
「ああ、いいぞ。……反町、お前も一緒にやるか?」
「は!? 俺も? 何で?」
「えー!? 俺、若島津さんとフォーメーションの研究を兼ねた練習したかったんですけど」
 反町はわざとらしい表情ではぐらかすわ、新田は新田で率直に本音を言い過ぎるわ、俺は頭を抱えた。
「あのなぁ……練習は一人でも多い方がいいだろうが」
「そーんなん、早田や松山辺りにでも頼んだらいいんじゃない? とにかく、俺はパス。ちょっと遊びに行ってくらぁ」
 反町はそれだけ言ってソファから立ち上がると、手をひらひらさせながら談話室から出て行った。
「何ですかね、あの態度。反町さんて、今一歩必死さが足りませんよねぇ」
 出て行く反町を見ながら、呆れたように新田が言う。
「新田。それは違うぞ」
 ああそうか、と、一人腑に落ちながら、新田を咎める。
 新田はわかっていないわけじゃないが、反町が、それ以上に気取らせないんだ。
 昔からそうだった。幸か不幸か日向小次郎と同じ年に東邦に居た故に、ずっと二番手に収まっていたが、日向小次郎と同じ年に東邦に居たからこそ、あいつは負けまいとしてきたんだ。
 けれど、そのがむしゃらを表立って見せるには、奴のプライドが高過ぎた。
 東邦では皆が一丸となって練習に励んでいたものの、選抜の中でのあいつは、レギュラー入りを切望している姿を、そのために努力している姿を、ついと見せようとしない。その姿が、周りにどう見えるかを知りながら。
「……どっちもどっちだよなぁ」
「何がですか?」
 一人ごちる俺に、不思議そうな顔を向ける新田。
「お前ら二人。さ、行くぞ」
 新田は、えー、俺あんなに軽くないっすよ、などと非難しつつ、グラウンドに向かう俺の後を追う。
 反町も、新田も、そして、今は俺も、一人の男の背中を追っているに過ぎないのかもしれない。
 その背中は遠いが、かの人の追う背中もはるか遠く、更にその背中が追う何かもまたきっと。
 異国の空の下で戦い続けるかの人と、こっそりとランニングしつつ夜の街に繰り出す友人の姿を思いつつ、暇そうなディフェンダーに声を掛けてグラウンドに向かった。
作品名:faraway 作家名:坂本 晶