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仏+伊

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ずっと昔、フランス兄ちゃんが言ってたことがある。
世界は、美しいものでいっぱいなんだよって。
花も空も鳥も空気も、人もみんな美しいんだよって。
おれはその頃オーストリアさんの家で暮らしていて、
オーストリアさんは厳しい人だったから生活はちょっと辛かったけど、
確かに美しいものに囲まれた生活をしていたから、その時は素直にそうだねって頷けた。
廊下にずらっと並んだ絵画や、部屋部屋を華々しく彩る壁紙、ちょっとした道具にまで施された精緻な細工。
綺麗に整えられた庭に咲く大きな薔薇も、森の木陰にひっそり咲いた小さな野薔薇も全部綺麗だった。
美しいものに囲まれて、たまに涙しても、すぐに笑顔になれた。
そんな美しい場所に暮らしていた。
全部綺麗だねって笑ったら、フランス兄ちゃんは当時まだ白くて柔らかだった手で頭を撫でてくれた。
まもなく、優しい雨が降り始めて、慌てたように立ち上がったフランス兄ちゃんのチュニックが、花びらみたいに舞って。
綺麗だねって笑ったら、もう一度頭を撫でてくれた。
そんな美しい場所に暮らしていた。




戦場に降る雨は冷たい。
濡れそぼった服は重たく冷たく、体温を体力をじわじわと奪っていく。
立っているだけでも弾む息が、白く、けぶった。
疲れきった身体は泥のように重く、けれど瞼を閉ざすことは即ち永遠の眠りを意味している。
安らかな眠りが欲しければこの戦に勝つことだ、上司たちは口うるさくがなりたてるけど、
たくさんの人の死の上に多いかぶせられた勝利の上で安眠なんて出来るはずもない。
(疲れたなあ…もう、帰りたい)
どこへ帰ったって状況は同じだ。分かってる。
それでも、願わずにはいられない。帰りたい。
泣き言を漏らしそうになって、慌てて口を抑えたところに、泥を跳ね上げて近づいてくる足音が聞こえた。
雨粒を避けて伏せていた瞼を上げると、フランス兄ちゃんが、疲れた頬をそれでも笑みの形に変えて近づいてくるところだった。
「よう、イタリア。生きてるか?」
「…なんとか…」
「疲れてるな」
「うん、もうクタクタだよ〜…」
「まあ、あの坊ちゃんももう潮時だって分かってる筈だ。もう少しだ」
「うん…ねえ、兄ちゃん」
「ん?」
雨脚は引かない。フランス兄ちゃんの白いズボンは泥に塗れて薄汚い茶色になっている。
濡れた金髪はぺたりと肌に張り付き、寒さと疲れのせいで顔色は青ざめている。
周りは見渡す限り疲弊した兵士たちばかり。聞こえるのは重苦しい金属音とそれより重い溜息、怒声。
薄茶色に滲んだ世界。
これは…本当にあの頃と地続きの世界なんだろうか。
「兄ちゃんさ、昔世界は美しいものでいっぱいだよって言ってたよね」
「…ああ」
「それって今でも?今でも同じことが言える?」
少し、責めるような口調になってしまっていたかもしれない。
フランス兄ちゃんが悪いわけじゃないのはわかってる。八つ当たりだって事くらい、わかってる。
それでも、ごめんなさいがすぐには言えなかった。
言うだけ言って、気まずくなったおれが俯くと、その頭を暖かい掌が優しく撫でた。
かつてとは違う、大きくて、硬い掌だった。
思わず見上げた顔は、草臥れてやつれて痛々しい、でも、とても綺麗な笑顔。
「なあ、イタリア。俺は今でも声を大にして言えるよ、この世界は美しい。
 どんなに辛いことがあっても、どんなに汚いものを見ることになっても、
 自分が、汚泥に塗れることになったとしても、この世界は美しいものでいっぱいなんだよ」
「どうして?だって、いつもどこからか怒声か泣き声が聞こえるんだ。誰も笑わない、誰も歌わない。
 ここには花も咲いてないよ?唯一咲いてた小さな花は、おれが軍靴で踏み潰しちゃった。 
 見えなかったんだ。前を見ているだけで精一杯だった。足元を見ている余裕なんて無かった。
 何も、何も綺麗なんかじゃない。美しいものなんてもうどこにも残っていないよ」
「イタリア…」
フランス兄ちゃんの体温が、じっとりと濡れた軍服を通しても伝わってくる。
微かな温もりだけど、今はそれさえ熱いくらい。
「泣かなくていい。大丈夫、世界もお前も、汚れてやしない。美しいままだよ。何も変わってやしない。
 だから、愛して、世界を。世界中の美しいものたちを。
 汚いと捨てたりしないで、憎んだりしないで。
 なあ、イタリア、お前も世界の一部だよ、この美しい世界の。
 ね、信じられないなら、美しいものなんてもうどこにも無いというなら、お兄さんをご覧?」
言いながら、おれから少し身を離したフランス兄ちゃんは、
雨の雫を全身に受けながら軽やかにくるりと身を翻し、優雅に一礼して見せた。
煌びやかなシャンデリアの代わりに、薄灰色の空から僅かに洩れる木漏れ日に照らされ。
灯りを反射するほどに磨かれた大理石の床でなく、茶色い飛沫を跳ね上げる泥土の上で。
白いレースを零れるほど使った典雅な式服でなく、雨に濡れて重くくすんだ軍服を身に纏い。
それでも、そんなこと全く関係無かった。
「…ど?」
悪戯っぽい目でおれを見上げてくるフランス兄ちゃんの瞳の美しすぎる蒼さに、おれはもう言葉も出ないよ。
あとは、わんわん泣き出してしまったおれを、周りのイタリア兵士に睨まれながらもフランス兄ちゃんが慌てて宥めてくれて、
どうにか泣き止んだ頃には雨も上がり、どこかで見たことのある青空が広がっていた。
「ほら、やっぱり世界は美しいだろう?」
「…うん」
「なあ、イタリア、忘れるなよ。いや、忘れることなんて無いと思うけどな。
 この美しい世界を守るために、消えていったやつらがいるってこと」
「…にいちゃん…」
見つめたフランス兄ちゃんの横顔は、青空のもっと遠くを見上げていて、その表情は読めなかった。
「この世界を、愛してやって」
「…おれね、多分、心のどこかで…奪われたんだって思ってたんだ…」
「うん、俺も最初はそう思った。でも、違うんだよな。あいつらはどこにも行ってない。
 この世界の中にいつまでもいるよ。だからこそ、世界はいつまでも美しいんだ」
うん、と頷いた視線の先に、小さな小さな花があった。
それは、あの日、泣いていたおれに君が差し出してくれた花に良く似ていたよ。
「綺麗な、花…」
そうだね、世界の端々に、君はいる。
美しい世界。もうかつての箱庭のような美しさばかりを見てはいられないけれど。
それでもおれは
「この世界を愛していくよ」
いつかおれも、この世界の一部になっていく日まで。

 

作品名:仏+伊 作家名:〇烏兔〇