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会いたい

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「正臣・・・・・・・・・」
帝人はもう隣にはいない親友の名前をパソコンの前で口にする。チャットで話せてはいても二人では話せない。内緒モードで話しかけても返答はない。確実に正臣なのに、正臣と呼んでるのに呼んでいなくとも話しかけてくる声は今はもう傍にはない。そのひどい虚無感はいつも日常を支配していた。臨也は言った。非日常は3日もすれば日常になると。ではこの気持ちは何だ。正臣がいない非日常はずっと続いて、心に違和感を残し続ける。
はぁ、とため息をついて古い部屋の畳に寝転がる。天井にはこげ茶色の染みが無数に存在していた。目を閉じて数十秒。目をうっすらと開けるともう一度パソコンに向かい指を走らせた。誰もいないいつものチャットルーム。

――――――――太郎さんが入室されました。

入室はしたもののいつもチャットをする時間帯とは大きくずれており誰もいない。誰も話しかけてこないということは本当に誰もいないということだ。しかしそれは、ただ一人にやにやと様子を観察してそうな男を除いてだが。
ただの文字の羅列がパソコンのディスプレイに映し出されている。帝人はゆっくりと文字を打ち込んでいく。

【正臣、今日も学校で色々とあったんだよ。園原さんが階段で転びそうになって僕が手を伸ばしてね。きっとそこに正臣がいたら僕らのことをからかっていたよね。なんて正臣は言うかな?「ひゅーひゅー熱いねぇ」かな?それとも「オレのことを二人とも仲間はずれにして正臣悲しい!」かなぁ?僕はどっちでもツッコミを入れるけどね。正臣、会い】

カカ、と次の文字を打とうとするが文字数制限で次の文字はでてこなかった。入力した文字がチャットに表示されてしまうと臨也や他に人間にログで見られるかもしれない。帝人は右手の小指でBackSpaceを押し続ける。あっという間に打ち込んだ文字は消え一番最初の画面になる。

【会いたい】

誰にとは書かずに帝人はEnterを押した。ただ一言会いたい、とだけ表示される。その虚しさに帝人は苦笑いをした。そのままチャットを閉じてパソコンの電源も落とした。ただ一人部屋にいるのがひどく孤独に感じられた。




『帝人、会いたい。今日、学校でなにがあったのかこんなチャットじゃ分からない。池袋で美味いラーメン屋見つけたんだ。今度一緒に行きたい。そのときは杏里や沙樹も一緒にってのがいいな。そこのラーメン屋がさぁ本気で美味いんだよ!オレとしては豚骨が好きだったんだよな。ま、聞いてないだろうけどオレは聞かれなくても語るからな!』

暗い部屋。パソコンの前。同じようにBackSpaceを右手の小指で押し続ける。文字がなくなる画面。それでもある人間はキーボードに手を走らせ続けた。

『会いたい、か。残念だったな帝人!オレはお前が思っているよりもお前に会いたいと思ってるんだぜ!素敵で無敵な・・・じゃねぇや。これじゃああのクソ野郎と一緒になっちまうからな。素敵で素敵な紀田正臣のお前に会いたいという気持ちはこの世界の誰にも負けないって思ってるぜ!いや、事実だし☆さすがオレ。イケメンは辛いね〜』

またBackSpaceを押す。そのあとある人間はしばらく画面を眺め続けた。ゆっくりとタイピングを始める。

『オレも会いたいよ』

Enterを押して発言した後にある男は寂しそうな笑顔を浮かべた。

『え!?太郎さんもオレと同じ芸能人のファンすか!?』

『奇遇ですねぇ!今度あの人池袋くるんでしょ!?オレ今から楽しみっすよ!』

『今度ファンどうし盛り上がりましょうよ!オレ楽しみにしてますから!』

『と、いうわけで、』  

『誰もいないのでさいなら〜』

――――――――バキュラさんが退室されました。

――――――――現在、チャットルームには誰もいません――――――――

ある人間はパソコンの電源を落とした。暗い部屋を静寂が包み込む。そのとき同じことを考えている人間がもう一人いた。
彼もまた同じチャットルームで同じことをしていた。そして同じく部屋で目を瞑りぼそりと言葉を呟く。
ある男も同じ言葉を口にする。



――――――――――会いたいよ。正臣。
――――――――――帝人。会いたい。
作品名:会いたい 作家名:安手井 新