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氷花の指輪

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0.序



「はぁ…はぁ……、っはぁ……。」

どれだけ走っても、背中をはい回るような強烈な悪寒から逃れられない。
闇から伸びる無数の手が絡みつくようだ。

――― 本当にこの娘が、バラクル様を降霊させたんですかっ!?
――― 死霊術師でもないのに…。むしろローグ見習いとか…。
――― あのコソ泥ども…なんと汚らわしい!バラクル様もおいたわしや…。
――― 大量の死体を喰っていたらしい。自分の姉まで殺したとか…。

「違う…のに。はぁ…はぁ……違うのにっ!」

――― 女王の諜報部隊から、あの娘の引き渡しの要求が来ているそうだ。
――― 動きが速いな。もしかして、スパイなんじゃないのか?
――― あり得るな。あの女狐、裏では我々の死霊術の力に嫉妬して…。
――― みせしめに殺せ。良い牽制になるだろう。
――― 殺せ!殺せ!!

「どお…してっ……。誰か……助けて……。おねえ…ちゃん……!」

何度も頭の中でこだまする死霊術師たちの声が、少女の足を竦ませる。
冷たい夜風が、姉の背中を追い鍛えてきた身体から容赦なく気力を奪う。
牢から脱走するときに負った傷が、骨まで蝕むように疼く。

重力異常により浮き上がった地下洞窟の周囲は、
ごつごつした岩やむき出しになった木の根のせいで足場が悪く
明るい月夜の晩でも、小さな少女の逃走を邪魔した。

つまづく度に、その小さな体は地面に叩きつけられた。
立ち上がろうとする膝に徐々に力が入らなくなる。

「おねえちゃん……。わたしをひとりに……しないで……。」

虫の声すらしない静寂の中で、胸に下げた指輪を小さな両手で包みながら、
二度と会えない人を思う。

少女の姉はもういない。
あの夜、唐突に、この世からいなくなってしまった。
王室直属の諜報部隊の精鋭ローグであった少女の姉は
暗殺任務のターゲットである帝国の要人を愛し、
裏切られ、殺されてしまった。
少女の目の前で、少女の腕の中で。

だが、その霊魂を消滅させたのは少女自身。
激しい怒りが、激しい恨みが、深い悲しみがそれを呼んでしまったのかもしれない。
死霊術師たちの王を。恐怖の大王バラクルを。

バラクルの降霊の衝撃とその莫大な霊力からほとばしる術は
周囲の生命を、霊魂を、元素までもすべて巻き込み、大爆発を引き起こした。
そして何もかもが消滅した。たった一人彼女を残して。

そのありえない光景、ありえない威力に、死霊術師たちは戦慄した。
天才の誕生か、天災の申子か…。

だが、結局、殺すのだ。
その存在を消すのだ。
古の時代から繰り返してきたように。
自分たちの優位を脅かす存在など、制御できない力など害悪でしかない。

少女は這いつくばったまま、こぶしを振り下ろし、地を叩きつける。
もう足が動かない。涙が溢れる。
姉は最期に生きろと言った。誰かを心から愛して生きろと言った。
分からない…。
裏切られて死んでいく姉がどうしてそんなことを言ったのか。

仰向けになり、月夜を仰ぐ。
もう諦めよう。大好きだった姉の期待には添えなかったけれど、
最期に見るのがこんなきれいな夜空でよかったと思う。

「……雪?」

空をちらちらと舞うもの。
一度だけ姉と一緒に見たことがある。静かに美しく舞う雪を。
その夜も月が出ているのに雪が舞い散る不思議な夜だった。
よく見ると、それは雪ではなく、周囲に無数に生えているキノコの胞子のようだった。

無性に、誰かと一緒に雪が見たくなった。

作品名:氷花の指輪 作家名:sarasa