二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

冷蔵庫の中

INDEX|1ページ/1ページ|

 
夏の始まりに引っ越しをした。晴れて二人暮らしだ。彼と一緒の部屋で生活するのは三年ぶりだ。
 僕らは恋人というには幼い関係だった。ままごとみたいな共同生活が楽しくて、お互いに頼りないところを補い合うのが心地よくて、時々二段ベッドの下の段で子供みたいに抱き合って眠った。お互い基本的には異性愛者だったせいか、それ以上のことは求めなかった。
 どちらかにカノジョでも出来たら終わりが来たのかもしれない。だけど、幸か不幸か、男子校というハンデを乗り越えるほどの魅力はお互い持ち合わせていなかったので、卒業して身辺が落ち着き都合のいい環境が出来上がる頃まで何も邪魔は入らなかった。

 そもそも、寮制の高校を卒業してまで男と住もうなんて決めたのは三年前の三月の終わり。
 毎年年度末に全寮生の部屋割りを再編成することになってた。寮則に書いてあるわけではないけれど、こういう毎年の行事はそれとなく全員が承知していることだ。何かしらのタイミングで知る機会がある。ところが、彼はそのチャンスが巡って来なかったらしい。
「ええ?!部屋変わるンすか!」
 フロア中に響き渡るような絶叫。両手で頭を抱えてブリッジでもするのかというほど反り返った。実際器用にも頭が床についていた。
「知らなかったの?毎年そうだよ」
「聞いてないッスよ!俺、ずっと先輩と一緒がいいッス!」
 叶うことなら僕だってそうしてあげたい。やっと彼の机の下に無造作に置かれているセミの抜け殻コレクションにも慣れたところだ。男子校とはいえ、高校生ともなると虫や爬虫類が苦手になる。小学校の頃は何故だか平気で掴めていたものが薄気味悪く感じて。彼は小学生男子の感覚のまま成長しているので、セミとヘビの抜け殻は集めたくなるし、クワガタは平気で素手で捕獲するし、カエルもトカゲも大喜びで捕まえる。トンボの中ではオニヤンマが好きだ。
 この一年でそういう彼に慣れたところだった。自分がずいぶんとたくましくなったと思う。他の寮生に「よく耐えたな」なんて労われたこともある。だから、別の誰かが新しく苦労するぐらいならまた僕でいいと思った。でも、規則は規則だ。
「子供みたいなこと言わないの。ほら、荷物まとめるよ」
 だけど彼は駄々をこねる子供だった。僕より少し大きな体全体を使って背中から抱きついて、足でホールドして、辛うじて腕は自由なので力づくで服をバッグに詰め込んだけど、邪魔で仕方がない。
「イヤったらイヤです…」
「まだ同じ寮の中にいるよ」
「でも同じベッドの下にはいないじゃないッスか」
「来年には卒業で、寮の中からもいなくなるんだよ」
「そんなぁ」
 うなじに額をぐりぐり擦りつけて唸る。今生そんな立場になる予定はないけれど、お母さんっていうのはこういう気分だろうか。
「俺、もっと先輩と一緒に暮らしたいのに」
 そうだね、この一年楽しかったね。最初は面倒な後輩と組まされてしまったと思ったし、酷い目にもあった。別の先輩と組んでいた前年よりも部屋が臭くなったし散らかり放題だった。
 だけど、僕が躊躇って決断できない時には脳天気に手を引いてくれたし、彼がお菓子を食べこぼしたところにアリがわいたので、だらしない僕が掃除熱心になった。
 怖い映画を見た夜にはお互い怯えて一緒に寝た。彼はすぐに大いびきだったけど。
 他人との共同生活は気を遣うことばかりなのに、彼に対しては過剰に気を遣うのがバカバカしくてすごく楽だった。
 いろんなことを思い出して、あんまり深く考えずに言ったのだ。
「じゃあ、卒業したら続きをしようか」
「へ?」
「また一緒に部屋を借りて、ルームシェア……とか。もちろん、進路が同じ地位域だったらの話だけど」
 小学生が結婚の約束をするみたいな現実味の薄い夢みたいな提案だった。だけど彼は小学生みたいな人だから、当然賛成した。

 広くない部屋にわざわざ二段ベッドを買った。別々の私室を持てる間取りでも良かったんだけど、僕らはままごとの延長戦がしたかったのだ。
 寮時代は部屋に小さな冷蔵庫があるっきりだったけど、今度は自炊前提で冷凍庫と野菜室のついた冷蔵庫がある。
 ひと通り荷物が運び込まれ、あとは荷解きと片付けというところで彼が休憩を言い出して出かけていった。そして空っぽの冷蔵庫に何かを詰めた。それを僕が確かめたのは、最低限の片付けと、近隣のファミレスで夕飯と終えて帰ってきてからだった。
 冷蔵庫にプリンとゼリーとシュークリームが二つずつ入っていた。
「どれにします?俺シュークリームがいいな」
 僕がどれとも言わない内にシュークリームを二つ出して手渡される。
「後でアイスも買ってこないと」
「おやつばっかりじゃない」
「明日になったらメシの材料も買ってきますって」
 寮では個室ごとに一つの小さな冷蔵庫の他に、共同の大きな冷蔵庫が二つあった。扉のところにマジックが吊るされていて、自分の名前を書いて入れておくんだ。それでも時々誰かに食べられちゃうトラブルが発生していたけど。
 名前の無い二つずつのデザートは寮とも、昨日までの一人暮らしの部屋とも違って新鮮に映った。
 本当にここからは二人っきりで暮らすんだ。そう思ったら今更ながらに少しだけドキドキした。
 翌日には寮時代みたいにマジックが吊るされたけど、あんまり意味はなかった。僕ら二人とも、美味しいものは二つずつ買ってきたから。
作品名:冷蔵庫の中 作家名:3丁目