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虫の音

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高校生にもなってかくれんぼ。
 寮内をぶらぶら歩きながら後頭部を掻いた。不本意ながら鬼役である。
 そもそも、いかに童心を忘れない男ばかりの男子校、男子寮といえども、普段からかくれんぼなんかしない。勉強のレベルもそこそこの学校だ。勉強に勤しんだり、静かに読書や、持ち込んでいるゲームをやったりする。
 大声を出したり走り回るようなガキくさい遊びはしないのが暗黙の了解だ。と思う。
 それが、今年の春に入寮した一年ときたら、基本うるさく、カエルを見つけただの虫を捕まえただの言って大騒ぎ。廊下は走る。全身で感情を表現するタイプで邪魔。それでも飛び抜けて人懐っこい性格のおかげで何もかも許されている。ずるいヤツだ。
 このかくれんぼだってヤツの提案だ。いつの間にか一年連中はヤツに懐柔されて、一緒になって隠れている。少し前まで中学生だったのだから、そういうものか。いや、俺が一年の時はもっと大人っぽくなりたくて、間違ってもかくれんぼなんか言い出さなかった。
「先輩!かくれんぼやりましょう、かくれんぼ。今みんなで隠れてるんですけど、俺ジャンケン負けちゃって。隠れるのスッゲー得意なんですよ!だから先輩鬼代わってくださいよ、ネ!」
 いつの間にか懐かれていて、トイレのために部屋から出たところを捕まってしまった。鬼に最初に捕まった奴が次の鬼。こういうゲームは大体そういう決まりになっている。
 俺も部屋でだらだら目的なく過ごしていたもんだから、勢いに押し切られて断りそこね、「うん」とも「嫌だ」とも言わないうちに、ヤツが走って隠れに消えてしまった。鬼に見つけてもらうことを待っているかわいい後輩たちのために、そのまま黙って部屋に戻ることはできなくなったのだ。
 大体、寮の大部分は二人一組の私室だ。そういうところには隠れてはいけないことになっている。あとは談話室、食堂、トイレ、物置、洗濯室。
 限られた共同スペースの、人が隠れられそうな物陰を一つ一つ覗けば、あっという間にほとんどの参加者が見つかった。先輩を舐めてはいけない。中には一年だけではなく、ヤツの同室で二年生の似鳥愛一郎も混じっていたが、童顔と体のサイズからして一年生に溶け込んでいた。やっぱりヤツに強引に連れて来られたらしい。一人だけ二年なんだから、ジャンケンなんかしてないで鬼を買って出たら良かったんじゃないかと思う。
 ざっと隠れられそうな場所を探し尽くし、見つけた連中の数を数えてみると一人足りない。確認するまでもなかった。ヤツだ。隠れるのが得意と豪語したアイツ。そこまできて見つけられないのも悔しい。もう一度寮内を回って見たが、人の入り込めそうな場所には見当たらなかった。ずっと談話室にいた連中に「また見に来たのかよ」「結構本気じゃねーか」と笑われた。カーテンもいちいちめくって裏に隠れていないのを確かめたし、なんなら窓の外にへばりついているんじゃないかと疑って外も見た。それでも明るい髪色の頭は見つからなかった。
 途方に暮れかけたその時、談話室の中で涼やかなグラスの縁を擦るような音がした。ゆっくりと規則的に、リンリンと鳴っては束の間沈黙する。その音の方向にはソファがあって、三年生が二人でふんぞり返っていた。その下あたりで音がする。虫の鳴き声だ。窓辺にいるのに、外じゃなく部屋の中心から。
 そこでピンときてソファに突進した。さっきまで愉快そうに笑っていた二人が僅かに身構えた。
「ちょっと失礼しますよ」
「おい……!」
「ちょ、まっ……!」
 無視してカーペットに這いつくばって、十センチもないソファーの下の隙間を覗きこんだ。
「…………………」
「……………御子柴百太郎アウト」
 どうやって入り込んだか、外側からは入り込めないようなスペースに寝そべって隠れていたヤツと目があった。
「ウワー!まじかよ!」
 叫び声に三年生がいそいそとソファを降りる。そして「動かすぞ」とひと声かけて、二人がかりでソファを浮かせた。どうやらこのソファ、外側からみると分厚い座面の下半分ほどが外枠だけの空洞になっていて、体の薄い人間ならギリギリで納まるらしい。足も絶妙な角度で折り曲げて、この姿勢でないと隠れられないという姿勢だった。上に座っているのが先輩というのも考えたものだ。
 隠れ家の石をどけられたサワガニのごとく光の下にさらされたヤツはホコリまみれでのっそりと起き上がった。ソファを動かした二人が大笑いしている。そうか、コイツ、一年生を扇動しているばかりかと思ったら、三年生まで巻き込んで手伝わせたのだ。人望の無駄遣いだ。
「クッソー!絶対にみつかんねーと思ってたのに!」
 地団駄を踏む奴のポケットの丸みのあたりで、再び涼やかな音色が鳴り始める。
「携帯か?」
「その膨らんでるとこ、何入ってるんだよ」
 娯楽室に集まった寮生の注目が不自然に膨らんだハーフパンツのポケットに集まる。大注目に気後れした様子もなくヤツは無造作にポケットに手を突っ込んで、何か丸いものを取り出した。ガチャポンの透明なカプセルだった。
「何だ……何か入ってる……虫?」
「鈴虫」
 警戒して羽を震わすのをピタリとやめたが、言われてみれば鈴虫だ。
「何でこんなとこ入れてんだよ」
「用務員のおじちゃんがくれたんだけど、ちょうど他に入れ物なくって」
 確かに、空気穴がポツポツ空いているし、ひとたび閉じてしまえば虫は逃げられない。
「そうだ、コイツ虫かごに移してやらないと。食堂で餌になるもの余ってねえかなあ」
 そそくさとカプセルを抱えて出ていこうとする首根っこを捕まえて引き留めた。うやむやにさせるものか。
「逃さねーぞ」
 こうして突発かくれんぼ大会は俺、鬼の完全勝利で終わったのである。
作品名:虫の音 作家名:3丁目