SecretLove Road ver.伊達工
二口はその日何度目かの視線を助手席に送った。
運転しながらなのでチラリとしか見ることはできないが、それでも不機嫌そうな顔で窓の外を眺めている茂庭の姿はしっかりと見えた。
会話はなく、なんとなく気まずい空気が車内を満たしている。
二口は小さく息を吐いて、カーラジオのチャンネルを変えた。
先ほどまでひたすらしゃべり続けていた男性DJの声が消え、代わりに曲が流れ出す。
この車内を満たす重い沈黙には、場違いなほどに明るく陽気な恋の歌。
前を向いてハンドルを握り直した二口は再度横の茂庭を見やった。
茂庭は、そんな二口の態度にも特に反応することなく不機嫌そうな顔をしたまま流れていく景色をぼんやりと眺めている。
そんな顔、この人には似合わないのに。
そう思ったが、口には出さなかった。
茂庭が、こんな表情を見せてからすでに一時間半がたとうとしていた。
二口が仕事を終えていつものように帰宅したのは午後11時過ぎのことだった。
ふと家の前に誰かがうずくまっていることに気づく。
「…茂庭さん」
驚いた二口が思わず声を上げると、それに気づいた茂庭が腕の中にうずめていた頭を少しだけ持ち上げて二口の方を見た。
「どうしたんですか? こんな時間に」
茂庭はそれには答えず、小さな声でつぶやいた。
「…ごめん。家、入れてくれない?」
「飲むもの、お茶しかないんですけどいいですか?」
冷蔵庫をのぞきながら二口が問いかける。
家に来ることなど想定していなかったので当然何も用意していない。
二口は茂庭が小さくうなずいたのを確認すると、ペットボトルに入っていたお茶をマグカップに注いで電子レンジに入れ、温めボタンを押した。
4月の後半に差し掛かり、昼間はそこそこ暖かくなってきてはいるが夜はまだけっこう冷える。
茂庭がいつからあそこに座っていたのかはわからないが、立たせようと差し出した二口の手を握った茂庭の手はとても冷たかった。
おそらく5分10分のことではないように思える。
当の茂庭は、先ほど家に上げてほしいと言った後は一言も発することなくうつむき加減に座ったままだ。
明らかに普段の茂庭とは様子が異なっていたが、二口もどう声をかけていいのかわからず理由を聞けずにいた。
電子レンジが稼働する音だけが部屋の中に響く。
茂庭がこんな時間に自分をたずねてくる理由がわからなかった。
もちろん何か悩んでいるか落ち込んでいるようなことはわかるのだが。
なぜ自分なのだ?
そこまで考えてふとひとつの考えが頭に浮かぶ。
だが、すぐに二口はその考えを打ち消した。
可能性は高かったが、考えたくなかった。
茂庭の口から直接聞くまでは。
認めたくなかった。
二口がマックの前にマグカップを置いて向かいに座ってからも茂庭は顔をあげようとはしなかった。
「…寒かったでしょ。それ飲んでください」
二口がそういうとマックは素直にそれに従った。
やはり寒かったのだろう。
一口飲むとほんのりだが茂庭の顔に赤みがさした。
「あの、なんかあったんですよね? こんな時間に俺んとこ来るくらいだし…。俺でよければ話、聞きますけど」
二口の言葉にも、少しだけ迷ったような表情を見せたがやはり口を開くことはなかった。
二口は観念して茂庭が口を開くまで待つことにした。
だが、このまま部屋で二人無言のまま時を過ごすのはとても耐えられそうにない。
「茂庭さんこの後も時間平気っすか? なら、ドライブでも行きましょうよ」
二口が茂庭を助手席に乗せ、目的もなくただ車を走らせ始めてからそろそろ一時間がたとうとしていた。
もう、このままでもいいか。
何も言わないならそれでもいい。
そうすればこのままこの人を連れ去ってしまえるかもしれない。
そう思いながら二口がアクセルを強く踏み込んだ瞬間。
「………ケンカしたんだ。アイツと」
唐突に放たれた言葉。
その一言によって二口はすべてを理解した。
茂庭に何が起こったのかも、自分の考えが正しかったことも。
「その、巻き込んじゃってごめん」
口にして初めて気づいたというようにあわてて謝る茂庭に二口は苦笑しながら答える。
「気にしてませんよ」
その答えにホッとしたのか茂庭はようやく少しだけ微笑んだ。
その顔を見て二口の心臓が一瞬どきりとはねる。
茂庭は先ほどの一言で何かが吹っ切れたのだろう、堰を切ったように話し始めた。
次々と飛び出してくる話に適度に相槌を打ちながら二口はハンドルを切る。
茂庭の事情もわかったのだから、二口のやることはひとつだった。
適当に話を聞いてあげて、アイツと仲直りしなよ。
そう言うだけだ。
だが、二口はどうしてもその一言を言うことができなかった。
まさか、こんな話を聞くハメになろうとは。
二口は茂庭に気づかれないよう微かに口元をゆがめた。
わかっている。
茂庭は何も知らない。
ただ後輩である自分を頼ってきてくれただけだ。
それはとても嬉しい。
だけど。
けれど。
運転しながらなのでチラリとしか見ることはできないが、それでも不機嫌そうな顔で窓の外を眺めている茂庭の姿はしっかりと見えた。
会話はなく、なんとなく気まずい空気が車内を満たしている。
二口は小さく息を吐いて、カーラジオのチャンネルを変えた。
先ほどまでひたすらしゃべり続けていた男性DJの声が消え、代わりに曲が流れ出す。
この車内を満たす重い沈黙には、場違いなほどに明るく陽気な恋の歌。
前を向いてハンドルを握り直した二口は再度横の茂庭を見やった。
茂庭は、そんな二口の態度にも特に反応することなく不機嫌そうな顔をしたまま流れていく景色をぼんやりと眺めている。
そんな顔、この人には似合わないのに。
そう思ったが、口には出さなかった。
茂庭が、こんな表情を見せてからすでに一時間半がたとうとしていた。
二口が仕事を終えていつものように帰宅したのは午後11時過ぎのことだった。
ふと家の前に誰かがうずくまっていることに気づく。
「…茂庭さん」
驚いた二口が思わず声を上げると、それに気づいた茂庭が腕の中にうずめていた頭を少しだけ持ち上げて二口の方を見た。
「どうしたんですか? こんな時間に」
茂庭はそれには答えず、小さな声でつぶやいた。
「…ごめん。家、入れてくれない?」
「飲むもの、お茶しかないんですけどいいですか?」
冷蔵庫をのぞきながら二口が問いかける。
家に来ることなど想定していなかったので当然何も用意していない。
二口は茂庭が小さくうなずいたのを確認すると、ペットボトルに入っていたお茶をマグカップに注いで電子レンジに入れ、温めボタンを押した。
4月の後半に差し掛かり、昼間はそこそこ暖かくなってきてはいるが夜はまだけっこう冷える。
茂庭がいつからあそこに座っていたのかはわからないが、立たせようと差し出した二口の手を握った茂庭の手はとても冷たかった。
おそらく5分10分のことではないように思える。
当の茂庭は、先ほど家に上げてほしいと言った後は一言も発することなくうつむき加減に座ったままだ。
明らかに普段の茂庭とは様子が異なっていたが、二口もどう声をかけていいのかわからず理由を聞けずにいた。
電子レンジが稼働する音だけが部屋の中に響く。
茂庭がこんな時間に自分をたずねてくる理由がわからなかった。
もちろん何か悩んでいるか落ち込んでいるようなことはわかるのだが。
なぜ自分なのだ?
そこまで考えてふとひとつの考えが頭に浮かぶ。
だが、すぐに二口はその考えを打ち消した。
可能性は高かったが、考えたくなかった。
茂庭の口から直接聞くまでは。
認めたくなかった。
二口がマックの前にマグカップを置いて向かいに座ってからも茂庭は顔をあげようとはしなかった。
「…寒かったでしょ。それ飲んでください」
二口がそういうとマックは素直にそれに従った。
やはり寒かったのだろう。
一口飲むとほんのりだが茂庭の顔に赤みがさした。
「あの、なんかあったんですよね? こんな時間に俺んとこ来るくらいだし…。俺でよければ話、聞きますけど」
二口の言葉にも、少しだけ迷ったような表情を見せたがやはり口を開くことはなかった。
二口は観念して茂庭が口を開くまで待つことにした。
だが、このまま部屋で二人無言のまま時を過ごすのはとても耐えられそうにない。
「茂庭さんこの後も時間平気っすか? なら、ドライブでも行きましょうよ」
二口が茂庭を助手席に乗せ、目的もなくただ車を走らせ始めてからそろそろ一時間がたとうとしていた。
もう、このままでもいいか。
何も言わないならそれでもいい。
そうすればこのままこの人を連れ去ってしまえるかもしれない。
そう思いながら二口がアクセルを強く踏み込んだ瞬間。
「………ケンカしたんだ。アイツと」
唐突に放たれた言葉。
その一言によって二口はすべてを理解した。
茂庭に何が起こったのかも、自分の考えが正しかったことも。
「その、巻き込んじゃってごめん」
口にして初めて気づいたというようにあわてて謝る茂庭に二口は苦笑しながら答える。
「気にしてませんよ」
その答えにホッとしたのか茂庭はようやく少しだけ微笑んだ。
その顔を見て二口の心臓が一瞬どきりとはねる。
茂庭は先ほどの一言で何かが吹っ切れたのだろう、堰を切ったように話し始めた。
次々と飛び出してくる話に適度に相槌を打ちながら二口はハンドルを切る。
茂庭の事情もわかったのだから、二口のやることはひとつだった。
適当に話を聞いてあげて、アイツと仲直りしなよ。
そう言うだけだ。
だが、二口はどうしてもその一言を言うことができなかった。
まさか、こんな話を聞くハメになろうとは。
二口は茂庭に気づかれないよう微かに口元をゆがめた。
わかっている。
茂庭は何も知らない。
ただ後輩である自分を頼ってきてくれただけだ。
それはとても嬉しい。
だけど。
けれど。
作品名:SecretLove Road ver.伊達工 作家名:今井鈴鹿