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多分コレであいのかたち

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 毎日のように、部屋の主にアゴでこきつかわれにきている――もとい、お手伝いに来ている――会計室に、伊藤啓太が姿をあらわした時、いたのは「主」だけだった。
 近づいて何をしているのか聞こうとして、思いとどまる。
 人がパソコンを使っているとき、許可を得ずに後ろからのぞきこむのはあまり行儀のいいものではない。もう一人のこの部屋の住人、一流のクラッカー――もとい、ハッカー――であるところの七条臣にも「やんわりと」注意されたことがある。今度同じことをやったら、命が危ないと、本能が悟るに十分な迫力だったものだ。
 もっとも、のぞきこんでみたところで、筆で書かれた般若心経がのたくっているのを眺めるのと同程度の理解しか得られないというオチが、大半なのだが。情けないことに。
 とにもかくにも、啓太は、微妙な距離と角度をとって声をかけた。
 入る前にノックもしたし、声もかけたのだから、気づいていないという可能性は――いや、少なからずある。その完璧な集中力は、彼を彼たらしめている要素の一つだ。
「西園寺さん?」
「来たか」
 どうやら「あそんで」いたらしい。
 本当に真剣なら、無視されてもおかしくはないところ、彼はディスプレイの前をあけるようにして、ふりかえった。
 これは、画面を見てもいいという仕草だろう。いや、むしろ、見せたがっているのかもしれない。見てはいけないのならば、隠すようにしてふりかえる。もしくは、黙殺、だ。
 柔らかな応えに、ぱたぱたと見えない尻尾を振るような表情で、啓太は西園寺に近づいた。
「何ですか? これ」
 見せてもらえたからといって、確実に理解できるとものというわけではなかった。なにやら、ごちゃごちゃと直線が描かれた画面に、啓太は首をかしげた。
「CADだ。……知らないか?」
 啓太は頷いた。ごくあたりまえのように彼が言ったもので、ごくあたりまえのように意味がわかるというのは、半分もない。今度もまた、残り半分のほうだった。
「製図用のソフトだ」
 そうとだけ言うと、彼は、すぐにマウスを動かし、ソフトを終了させた。そして、大判のスケッチブック程度の大きさのタブレットを片付ける。
 その時になってはじめて、啓太は、そんなに大きなタブレットが使われていたことに気づいた。
「お仕事中だったんじゃないんですか?」
「いや」
 短く否定すると、彼は立ち上がる。
「そういえば、七条さんは…」
「臣なら、さっき、出来上がった分の書類を生徒会室に持っていった。そのまま、帰るそうだ」
「……あ」
 そういえば、と。
 いつもなら、片付いてはいるのだが、書類が多いために微妙に雑然としている部屋が、ずいぶんとすっきりしている。
 部屋に入ってきて、自分が見ていたものは何だったのかと。啓太は、深くためいきをつく。
「啓太」
「は、はい!」
 気がつくと、今までいたはずの場所に、西園寺の姿がない。
「行くぞ」
「え?」
 扉に手をかけて声をかけた彼に、何度もまばたきをする。
 多分、ため息をついたりなんだりと「いそがしく」していた間に、何か言われていたのだろう。そして、この状態というのは、多分、部屋を出たいという意思表示だ。
 残念ながら、まだ、啓太はこの部屋の鍵を持っていない。つまり、彼が出ない限り、鍵を持っている西園寺は帰れない。
「わざわざ来てくれたのに、すまないな」
 気づいて、彼の元におおいそぎで向かう。無意識のうちに、部屋の中をみまわして忘れ物を捜す。が、来たばかりだ。あるはすもない。
 啓太が外に出てから、西園寺は部屋に鍵をかけてさっさと歩き出した。
 いつからあのソフトをいじっていたのだろうか。少なくとも、五分前に立ち上げたばかりということはないだろう。そして、すぐに終了させたところをみると、作業に未練があった様子もない。
 もしかして、待っていてくれたのだろうか。
 啓太は授業が終わってからこの部屋に来るのだから、大体の時間はわかっている。
 だとすれば。
 後を追いかけ、おいつく。
 聞いてみてもいいだろうか?
 整った横顔を見た限りでは、否定のことばも肯定の頷きも、どちらもありそうな気がした。



「これを生徒会室に持っていってくれ。帰りは、かならずここに寄れ、いいな?」
 後日、手伝いに訪れたところ、啓太はいつものように書類の束を渡された。
 いつもよりは軽いなと思って見下ろした表紙には「草稿」とある。多分、これからつめる予定のものなのだろう。
 よいこのおへんじの後、書類をそろえて封筒に入れ、フタをしようとしたところ、横から白い手が伸びた。
 ひょいと中に放り込まれたものの微妙な形に、啓太は封筒をのそきこもうとする。見間違いでなければ、それは紙細工のように見えた。さらにいうならば、ある特定の小動物の形を模したもの――そう、この封筒を持っていく先の主にいささかなりとも縁があると言っていいものだ。
 封筒を開けて、自らの認識を確認しようとした。その手を、しなやかな手が押さえた。
 手のひらから、うで、本体へ。視線を移動させると、その手の持ち主は、にっこりと極上の笑顔を浮かべている。
「……わかりました」
 「草稿」は、あまり重要ではない、もしくは、急ぎではない資料らしい。
 微妙な表情で、啓太は引き下がった。
 「穏やかな笑み」と「極上の笑顔」に送られ、部屋を後にする。
「……ほんとに「あそんで」たんだ……」
 廊下を少し行ったところで、彼は立ち止まった。
 そして、いくつかの「些細なこと」を思い出す。
 そう。
 なぜ会計室のパソコンの上に、折鶴とくすだまという、まるで老人ホームか病院かとでもいわんばかりのものが置かれていたのか。
 そして、この前見た時には、なぜ、かえるが増えていたのか。
 何より、例の「製図用のソフト」だ。
「何をするにも、真剣勝負な人だなぁ」
 そう、啓太はひとり呟いた。
 多分、今、生徒会室にいるのは、会長ではなく副会長だろう。
 おそらく、彼は、先に封筒を開いて中身を確かめるに違いない。
 そうであれば、眉一つ動かさずに、力作は解体される。
 だが、時間はもう遅い。そろそろ、寮では夕食もはじまりつつある。
 と、いうことは。
 とっくのむかしに、やり手の副会長は、放浪癖のある会長に首輪をつけて、太い鎖をぎっちりと資料棚にゆわえているかもしれない。
 そうであるならば、いつものように「郁ちゃんは元気か?」と、数少ない例外を除き、誰をもひきつける笑みを浮かべ、会長が封筒を受け取るだろう。
 そして、あからさまなオチ。
 一つ頷くと、啓太は歩みを速めた。
 「みえないなにか」を、「どこかのみえないたなのうえ」におきざりにして。



 とりあえず、啓太は大の男が悲鳴を上げる姿を見てはいない。先輩二人に問い詰められることもなかった。
 だが。後日、生徒会から会計部に「書類はファイリングの都合上、必ず学校指定のレポート用紙もしくはA4サイズの上質紙を使うこと」と。そんな、言わずもがなのお達しがあったとかないとか、風のうわさを伝え聞いた。
 多分、会計室の勝ちだったのだろう。
作品名:多分コレであいのかたち 作家名:東明