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Um rooter eterno

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早苗と初めて遇ったのは中学1年の春、入学式の後の校舎裏。

 入学式と教室での挨拶を終えた私は、新しい制服、新しい環境にワクワクして、学校内を探検していた。
 人気の少ない、焼却炉や主事さん用の物置のある一角から声がした。
 そっと覗くと、先輩らしい女子数人が1人の女子を囲んでいた。どう見ても不穏な雰囲気で、助けに入ろうか先生を呼ぼうか悩んでいたら、囲まれている女子が、よく通る声で先輩女子に向かってもの申した。
「どうしようと私の自由じゃないですか!」
「はぁっ!? あんた、自分の立場わかってるの!?」
「立場も何も、先輩達には関係ないでしょ!」
 囲まれている女子がキッと睨み付けると、1人の先輩女子がシクシクと泣き出した。
 泣き出した先輩女子を慰める先輩女子達。彼女達が屈んだおかげで、囲まれている女子の顔がよく見えた。
 今日、同じクラスになった中沢早苗だった。
 中沢早苗の名前は知らなかったけど、顔はよく知っていた。
 小学生の時、サッカーの静岡大会で大きな旗を降って南葛SCを応援していた子。
 うちの学校が南葛と直接当たったことはなかったけど、チームも彼女も、大会ではそれは目立っていて、有名だった。
 そんな彼女と同じクラスになり、どんな子だろうと気になって早速声を掛けようと思ったら、ほとんど南葛小で一緒だった男子と話しているし、放課後にはいなくなってるしで、また明日話せばいいかと思っていたんだった。
 コソコソと話す先輩女子達の断片的な会話から、何となく話が見えてきた。どうやら泣いている先輩さんはサッカー部のマネージャーで、その上、大空翼くんをお気に入りの様子。当然、小学生の時から翼くんの応援をしていることで有名な中沢さんの存在を危惧していたら、お優しいお友達(サッカー部ではない模様)が牽制を掛けてくれた、というところらしい。
 まあ、そりゃ、中沢さんの言い分のが正しいですな。人が誰を応援しようが、誰を好きになろうが、ましてやどの部活に入ろうが、その人の自由ってもんで。
 とはいえ、小学生の時と違って先輩後輩の壁は厚くて高い。先輩方も負けてはいないわけで。
「ちょっとあの子と仲がいいくらいで調子にのってるんじゃないわよ!」
 1人の先輩が、ドン、と中沢さんの肩を突き飛ばした。他の先輩方も、更に距離を詰める。あらら、まずい感じ? と、思いきや。
「調子にのってなんていません! とにかく、私はサッカー部のマネージャーになりますから! 先輩、よろしくお願いします!!」
 囲む先輩方に睨みを利かせつつも、泣いている先輩には真剣な眼差しで頭を下げた。先輩方、その迫力にグッと気圧される。中沢さんはその隙に「それじゃ、失礼します」と言い残して立ち去った。そして、私と鉢合わせた。
「きゃっ! ……ええと、西本さん、だっけ? ……見てた?」
 頬を赤くして、照れたように聞いてくる。
「……うん。先生呼びに行こうかと思ってたんだけど、中沢さん、すごい強いね。ビックリしちゃった」
 歩きながら苦笑混じりに答えると、中沢さんは顔を手で隠して首を左右に振った。
「言わないで~。中学生になったら、おしとやかになろうと思ってたのに~」
 ……そのわりに、教室では南葛小男子達と大騒ぎだったような。まあいいか。
「まあまあ、誰にも言わないから。あ、もちろん、大空翼くんにも言わないから」
 笑いながら答えると、中沢さんは少しだけ恨めしそうな目で私を見てから、フッと笑った。
「私、中沢早苗。小学生の時は南葛SCの応援団をしてて、アネゴとか呼ばれてたんだけど、『早苗』って呼んでね!」
 中沢さん……早苗は、アネゴ、と言う時にやけに顔をしかめて、自分の名前を強調した。何か、色々あったんだろうなぁ。
「私は西本ゆかり。ゆかりでいいわ。小学生の時は男子とサッカーやってたから、南葛SCのことも早苗のことも知ってたわ。よろしくね」
 スッと手を差し伸べると、早苗はニッコリ笑って握り返してくれた。
「よろしく、ゆかり。中学でもサッカーやるの?」
「ううん。ここのサッカー部は女子は入れないらしいし、女子サッカー部もないから、私もサッカー部のマネージャーになろうかと思って」
「ほんとに!? 嬉しい! 一緒に盛り上げていこうね!」
 早苗が私の両手を取って、ピョンピョン跳ねながら喜んだ。多分、根っからの応援体質なんだろうな、この子。
「うん、頑張ろう。でも、あの先輩達、大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。サッカーを好きな人に悪い人はいないわ! きっと、わかってくれるはず!」
 そして、性善説で生きている、と。少し心配になったけど、さっきの勢いに私が加わればきっと大丈夫、そんな気がした。
 早苗の鞄を取りに教室に戻り、すっかり傾いた夕日の下で、たくさんの話をしながら一緒に帰った。
 部活の勧誘と申し込みが始まってすぐ、早苗と2人でサッカー部に入部届を持って行くと、先輩部員達から驚くほどの歓迎を受けた。何でも、新学期の部活が始まる直前に、マネージャーが辞めてしまって、すごく困っていたんだとか。私は早苗と顔を見合わせて、それから、あの泣いていた先輩に悪いと思いつつも、思わず吹き出してしまった。
 それから久美ちゃんが入るまでは、早苗と2人で大勢の部員の世話に追われる日々を送っていた。
 とても充実した3年、ううん、6年間だった。

 今、テレビの向こう側、世界のピッチで、あの時を共にした仲間が戦っている。
 隣では大きなお腹を抱えた幸せそうな親友が、私の恋人のプレーを観て我がことのようにはしゃいでいる。
 彼女はきっと、これからも変わらないんだろう。
 前に石崎が言っていた。
 早苗は、翼くんが来たから応援団をしていたわけじゃないんだ、って。
 ずっと弱かった、石崎を中心とした南葛小サッカー部のことも、叱咤しつつもずっと応援していて、その存在はすごくすごくありがたかったんだ、って。
 早苗は、永遠に翼くんと、その仲間の応援団長であり続けるんだろう。
 でも、今はほどほどにね。

【終わり】
作品名:Um rooter eterno 作家名:坂本 晶