こらぼでほすと 黒猫
そして女房は、布団に転がされた。やれやれ、と、目を閉じて雨音を聞いていたのだが、視線を感じて目を開けたら、障子の隙間からの視線だ。
・・・あれ? ・・・・
大きな雨音がしているが、障子が少し開いている。そこから、視線がきていた。小さな生き物の視線だ。真っ赤な目の黒い猫だった。それが、じーっと障子の隙間から、中を伺っている。
「・・・雨宿りか?・・・・」
そう尋ねたら、にょぉーというか細い声がする。たぶん、いきなりのゲリラ豪雨にやられて逃げ込んできたのだろう。障子を開いてやりたいのだが、ニールも動けない。ずるずると匍匐前進すらままならないのて、「すまないな、待っててくれたらメシぐらい出すよ。」 と、声だけはかけた。たまに、こんなことがある。黒い猫は始めてだが、近所の野良犬や野良猫たちが境内や墓所にやってくることは、ままあることだ。まあ、野良犬とか野良猫なのか、飼っているけど放し飼いなのかまではわからないが、たまに現れたら、ハムでも出してやるのが、ニールだ。
そこへドスドスと足音が回廊から聞こえてきた。これは逃げてしまうな、と、思ったら、障子が開かれて黒猫も入って来た。静かにやってきて、ニールの顔の辺りに、ちょこんと座った。
「・・・あんた・・・」
ニールの亭主は、猫が苦手だ。一応、そんなことはない、と、おっしゃるが、子猫が擦り寄っても逃亡しているような人なので、何も言わず部屋に猫を入れたのが不思議だった。いつもなら追い払っている。
「梅雨の豪雨で、くたばっているだけだ。・・・もどきは傘を持って行ったんだろうな? 」
最初は、黒猫に、後は女房に声をかけたらしい。
「・・・はい・・・いや、あんた・・それ、猫ですよ? 」
「これは構わねぇ。おまえの様子を心配しているだけだ。・・・いつのヤツだが知らないが・・・」
おかしなことを呟くと、亭主は、また出て行く。今度は障子を閉めなかった。たぶん、黒猫が出入りできるようにだろう。にょおーと黒猫は鳴いて、ニールの手を舐めている。そして、じっとニールを眺めている。
「・・・ごめんな・・・リジェネが戻ったら、おやつを出してもらうからさ。しばらく、雨宿りしててくれ。」
この雨も、すぐに止むだろう。そうしたら動けるようになるから、ハムでも、ごちそうしてやろうとニールは微笑む。黒猫はニールの顔を眺めて、にょおーんと鳴いた。
それから、ニールが眠ったので、その寝顔を眺めていたら、騒々しい足音がして境内へ飛び出したところで夢は終わった。はっと意識を戻すと、コンソールに突っ伏していたらしい。
「刹那、もう少し休んでいてくれ。」
その声で、ここがどこだかを思い出した。地球から遠く離れた場所だった。ただ不思議なのは、なぜ、あんなにはっきりとしたニールの姿を見られたのか、ということだ。懐かしいと思った。たぶん、あれは梅雨時にダウンしていた頃のニールだろう。
「ティエリア、エルスは、いつ頃から地球に降下していたんだろうな。」
「さて、大々的に押し寄せたのは、5年ほど前になるだろうが、偵察はしていたんじゃないか? それが、どのくらい以前からなのかまでは、時間の感覚が違うから断定はできないな。」
エルスの時間感覚と、刹那たちの時間感覚は、まったく異なるものなので、それを断定することはできない。ただ、刹那に流れ込んでくるエルスたちの言葉は、「贈り物、贈り物。」 と、繰り返していた。
・・・贈り物・・・・
刹那はエルスたちと、ある程度、同化しているので、エルスたちの言葉も理解できている。彼らが、刹那に贈り物をしてくれているらしい。
・・・あれは、おまえたちが操っているのか? エルス・・・・
ずっと以前から、移住に適した星を探していたエルスたちは、何百年か前から地球にも降下していた。それの、いくつかが猫の形を作り、ニールの姿を見せてくれているらしい。刹那が同化してエルスと繋がったことで、刹那の心もエルスたちは見えている。時たま、出て来るニールという人物のことをエルスたちも探してくれたのだ。時間軸では、はるか過去のことになるが、元々が時間軸をすっ飛ばして、この星にやってきた。だから、過去にも干渉ができるらしい。
・・・つまり、あれは、本物なのか? ・・・・
そう、あれは、少し前の本物のニールなのだそうだ。ただし、エルスも数が少ないし、直接に話すこともできないが、過去のことを探ることは可能なのだという。これから、刹那が休息する折に、その映像を届けてやろうと言う。それには、刹那も微笑んだ。同化することで分かり合えるものが増える。たぶん、刹那はニールに逢いたいと思っているのだろう。終わったら、帰る約束はしているが、それはかなり時間の必要なことなので、時折、刹那の居ない時間のニールのことを教えてくれるらしい。
リジェネの足音で、黒猫は慌てて飛び出していった。あーあー、と、ニールは残念そうに手を挙げたが、それだけだ。
「ママ、買って来たよっっ。」
脇部屋の欄干の下から飛び出していったから、リジェネには見えなかったらしい。
「・・ありがとさん・・・おまえも食って来い。」
起き上がれないので、食事をする気もない。だが、リジェネはペタンと畳に座った。
「ママと食べるから、三蔵のだけ置いてきた。この雨も、もうすぐ止むみたいだから。」
「・・・そっか・・・」
あの黒猫は、きっと縁の下に隠れただろう。起き上がれるようになったら声をかけてやろう、と、ニールは目を閉じる。
作品名:こらぼでほすと 黒猫 作家名:篠義