0417
「いってらっしゃいのすー!仕事頑張ってくろわいよー!」
最近のノスはどこかおかしい。
妙にそわそわ落ち着かないし、昨日なんて「今日俺が何時頃に帰るか」を何度もしつこく聞いてきた。
お前、一週間くらい前に珍しく小遣いねだったろ。忘れてねーからな。
つまり、間違いなくやつは今日何かをする。
相手はロボットなのだから、直接問いただせばいいのかもしれない。
でも…それはつまらないじゃないか。
ということで俺が選んだ方法は「尾行」。
確かに俺は平日も休日も関係ない仕事をしているが、今日はたまたま休みなんだ。
あまりにしつこく聞かれたので思わず「仕事がある」とは言ったが、それがこんな形で役に立つとは思わなかった。
そんなわけで、俺は出掛けたフリをして、家を出てすぐのところに隠れてあいつを見張ることにした。
10時。
四月とはいえ、最近は気温が不安定だ。早くもこんなことをしようと思ったことを後悔し始めたあたりでようやくノスが家から出てきた。
持ち物は、いつものようにカメラが一つ。そしてよく見ると尻ポケットが若干膨れている。たぶん財布だろう。
やつは玄関まで出てきて一回大きく伸びをすると、その場で目を輝かせ、しゃがみこんでマジックを…
!? それつい昨日消したところだぞ!?
…っと危ない危ない、思わず声をあげるところだった。
自分の名前をでかでかと書いた自転車を、嬉しそうに写真に撮るその後ろ姿を見ながら、また洗わなくてはいけないなと心の中で溜息をつく。
ていうか目立たないところならいいって言ってるのに、なんで毎回泥除けの上に書くんだ。
首をかしげながら、カメラを構えたまま歩き出したやつのあとを尾ける。
そう難しいことじゃない。ノスは基本的に隙だらけだし、自分が尾けられてるなんて想像するはずもない。普通に歩いてついていけばいい。
一応持ち出しておいた眼鏡と帽子で変装もしておいた。これで完璧だろう。
俺が背後でそんなことを考えてるとはつゆ知らず、やつは、何でもない空とかやや散り気味な桜とかを撮りながら、時折携帯を取り出して何やらいじりながら歩いていた。
11時。
途中、ノスが写真のために後ろを振り返るようなアクシデントはあったが、なんとかバレずに街に着いた。そのままやつは、馴染みの古本屋に吸い込まれていく。
中に入って店主に顔を見られでもしたらバレる可能性がある。
とりあえず店の前をゆっくりと通り過ぎながら中を確認すると、あいつはうろうろと本を物色していたようだが、やがて例の雑誌のエリアに行くと立ち読みを始めてしまった。
そのまましばらくはだましだまし様子を見ていたが、気づけば30分は経っていた。さすがに周囲の目が気になってきた俺は、仕方なく向かいにあるカフェから見張ることにした。
13時。
サンドイッチのセット一つとコーヒーのおかわりだけで居座ることにそろそろ限界を感じ始めた頃、やや慌てた様子でノスが店から出てきた。
大方、時間を忘れて雑誌を読みふけっていたのだとは思うが…さすがに二時間も読み続けられるような雑誌ではないような気がするのだが。
と、そんなことを考えている場合ではない。俺も慌てて代金を支払うとカフェを出る。
幸いにもやつは店を出たところでペースを緩めたらしく、片手に本屋の袋、両手にカメラを持って再びゆったりと歩き出していた。
近づきすぎず遠すぎない距離で大胆に尾ける。人通りがある以上、あまりこそこそしすぎると逆に怪しさが際立ってしまう。
それにしても危なっかしい歩き方をするなぁ…空を撮りながら歩いたら人にぶつかるかもしれないとか考えないのか。
しかも被写体をころころ変えるらしく、カメラの向く先が安定しない。ファインダーも覗きっぱなしだし、それで前見えてるのか?
結局、心配したようなことはとくに起きず、何事もなかったようにやつは新たな店に入っていった。
それはケーキ屋だった。
今度もさすがに中には入れず、道の反対側から様子を伺う。
ノスは店員に声を掛けると何かの用紙を渡した。受け取った店員がカウンターの奥に消え、ノスは何やらわくわくした様子で店内の写真を…おい、勝手に写真撮っていいのか?
それにしてもあれはなんだろう。ケーキ屋といえば注文でケーキを作っていたりするが…そうなるとあれは注文用紙?
いや、だったらすぐに奥に引っ込むのはおかしい。引換用紙と考えるのが妥当だろう。
やつは今日、ケーキを予約してたということか?今日って何かあったっけ?
急に気になりだした俺は携帯を取り出し、日付を確認する。
今日は四月の十七日……あ。そうか、今日は…
あいつの動向が気になるあまり、俺は今日が何の日かも把握してなかったらしい。
やがて店から出てきたノスの手には、馬鹿みたいに大きいケーキの箱。いかにも「大きいことは良いこと派」のあいつらしいチョイスだ。
その足が自宅の方へ向くのを見て、俺は尾けるのをやめた。
そして、帰宅の時間としてあいつに伝えていた時間まで、どこで暇を潰すかを真剣に考え始めた。
結局。
俺は、サプライズに気づいてしまったことはおくびにも出さず、いつものように普通に家に帰って、これまでこっそりと買い足していたであろう装飾が至る所につけられた部屋と、どこからもらってきたのかもわからない山積みのプレゼントと、いつもの帽子ではなくパーティー用の帽子を被った満面の笑みの彼に迎えられた。
貰い切れない量のプレゼントと食べきれない量の料理と食べきれない量のケーキを食べて、ようやく俺の大誕生会は終わった。
そして俺は、幸せそうな顔で夜空の写真を撮る後ろ姿を見ながら「こいつの誕生日には何をしてやろうか」と早くも思案をめぐらすのだった。
「ところで、この店のロールケーキだけはいくらでかいからって買うなよ。材料、発泡スチロールらしいから」
「え!危なかったのす!次行ったら買ってみようと思ってただろわいよ!」
「やっぱりな!」
「でも名前は書けそうのすね」
「だから買うなよ」