かわいくない弟妹２４時
Case0
「ただいまー」
帰宅の言葉を告げれば、お帰りなさいという声がキッチンから聞こえた。
手嶋野尚は振り返って玄関から踏み出せない瀬々をみやる。
「入れよ」
「お、おじゃまします」
いつもの気の抜けた声はどこへやら、緊張した小さな声が手嶋野の耳に届いた。手嶋野にとっては見慣れた何の変哲もない玄関だったけれど、瀬々に取っては緊張するらしい。
「上がってちょっと待ってろ」
珍しいものを見たとは内心で留めて起きながら、手嶋野は一人でキッチンに向かった。玄関から見える階段の上から、小さな頭が覗いていることに気づかずに。
「突然だけど、大丈夫よ」
母親に友人を泊めたいと言えば、あっさりとＯＫをもらう。
手嶋野の弟もよく友人を連れてきていたし、ませている幼稚園児の妹はお泊まり会と称して家に友人を泊めたり余所の家に泊まりに行っているから抵抗がないのだろう。
夕食まで部屋で勉強すると言えば、ご飯を出来たら呼ぶねと言われた。
「瀬々、とりあえず――」
手嶋野が玄関に戻れば、瀬々が階段の上を見上げてポカンとしていた。
なんだと疑問に思って瀬々の視線をたどると、階段の上では小学生と幼稚園児が並んでいた。手嶋野に見つかったことに気づけば、見えないところに引っ込んでいった。
「おい、俺の友だち来てるんだからお前らちゃんと挨拶しろよ」
声を張り上げて言えば、再び二人が顔を出した。手嶋野とは身長差三十センチ以上ある弟妹は緊張した様子で瀬々を見つめていた。
膠着という言葉が似合うこの状況で、驚いていた様子の瀬々が先手を取った。
「どうも、瀬々稜っス」
瀬々がぺこりとお辞儀をすれば、階段上の二人も頭を下げる。
「てしまのななです」
「あ、司です」
妹の声につられて、弟も名前を告げた。
こんちは、と気のない声で返す瀬々の横で手嶋野は嘆息を吐く。
「えーと、ななちゃんと司くん？ 小学生かな？」
「俺は小学生だけど、奈々はまだ幼稚園……です」
「そうなんだ、司くんはしっかりしてるね」
「そんなことないです」
やはり、見慣れない人には緊張してしまうのだろう。ぼんやり考えていれば、あの、といつもは聞かない弱気な弟の声に手嶋野と瀬々が顔を上げた。
「兄がいつもお世話になっています」
「いや、なんでお前が言うんだよ」
親が子供の友人に対して言うセリフに思わず突っ込んでしまう。
しっかりしている弟の発言と言えば聞こえは良いが兄にしてみればかわいげのない言葉だった。
「いえいえ、俺のほうこそお世話になってま、す？」
「何で疑問系なんだよ」
両手を遠慮がちに振って瀬々に思わず向いて間髪入れずに言葉を挟む。
そーだっけ、なんてとぼける瀬々にため息を吐くしかなかった。いい加減、玄関にいてもどうしようもないので自分のカバンを持って階段を上がるよう促す。再び、おじゃましますと言って瀬々がついてきた。
階段を上がると邪魔になる弟妹を退くよう言えば不満の声が上がり、手嶋野は聞こえないフリをする。
「ここが俺の部屋」
自分の部屋を開けながら振り向けば、瀬々が妹に袖を引っ張られていた。数十センチ低い頭に合わせるように瀬々は膝を曲げて少女の口元に耳を傾けている。
「あのね、りょうちゃんって呼んでいい？」
じっ、と真ん丸い目で真っ直ぐと見つめた妹が敬語なんて使えるはずもないが、さすがに男に向かってちゃん付けは有り得ないだろう。
「おい、年上に向かって……」
「いいよー。俺も奈々ちゃんって呼んで良い？」
「うん！」
あまり家の中で見ることのない妹の満面の笑みに、手嶋野は目を丸くする。許す瀬々も大概だけれど、そんなことでそこまで喜ぶものかと驚いた。
「じゃあ、奈々ちゃんまたあとでね」
「ばいばーい！」
瀬々を部屋の中へと入れて自分も入ろうとしたところで、おにーちゃん、と呼び止められて振り向く。
「おにーちゃん、りょうちゃんってかっこいいね」
「…………そうか」
突然の発言に眉を寄せる。
あいつがかっこいいとかどういうことだ。早速、りょうちゃん呼びかよ。なんでそれを俺に言ってくるんだ。言いたいことがいっぱいあったはずなのだが、出てきた言葉はなんとも情けない。
「うん、おにーちゃんよりもずっとかっこいい」
無邪気に言い放つ妹に、手嶋野は口の端を引き攣らせた。
どうして自分の弟妹はこうもかわいくないのだ、と。
「かわいいのは客の前だけですー」
って言葉に兄にとってはかわいげなく見えるかわいい弟妹がかわいいという謎のテンションに駆られて思いつきました。
タイトルは警察２４時的な何か。
シリーズに出来たら良いな。。。。
作品名：かわいくない弟妹２４時 作家名：すずしろ