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君にしか解けない魔法

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マンションの部屋の玄関扉を開けると、やる気のない普段着姿でイベントらしい様子は欠片もない幸平がいた。いつもどおりのヘラヘラした調子で巷で流行りの呪文を唱える。
「トリック・オア・トリート!」
 それはお菓子を要求するときの呪文だ。
 ちなみにお菓子は用意していない。つまり、ハロウィンのルールからすると悪戯を受け入れねばならないのだが。
「ドルチェットもスケルツェもお断りだ」
「スケスケ?」
「悪戯のことだよ!」
 怒鳴りながら幸平の下げたままの手を見た。何か持っている。仮装していない物乞いもハロウィンとしてはイレギュラーだが、どう見ても、お菓子を食べたいわけじゃなく何か得体のしれないものを食べさせるのが目的だ。
 正体不明の包みの大きさ、形状から中身を推測しつつ、眉間に深いシワを作る。
 幸平は料理人だ。癪だが、天才と呼べる。だが、悪い癖があって、明らかに不味い取り合わせも平気でチャレンジする。持ち込まれたモノが当たりかハズレかはギャンブルだ。口に入れるまでドルチェットなのかスケルツェがわからない。不毛にゲーム性が高く、イベントらしいといえばイベントらしい。
「いやぁ、ちょうどイサミに借りてた本を返そうと思ってさ、ついでだから試作品も持ってきてみたんだ」
 包みの上に乗せてあった漫画本を渡された。生憎とイサミは出かけているのでそのまま受け取った。
「イサミはいないから返しておく。これで用事は済んだだろ?」
 帰れ、と扉を閉めようとしたが、素早く体を割りこませて玄関に入り込んでしまった。
「折角来たんだからお茶の一杯ぐらいいいだろ?」
「妙な手土産さえなかったらな!」
「オイオイ、完全に失敗作だって決めつけてるな?そういうのは食べてから言ってくれよぉ」
 ひらりひらりと腕に巻いた手ぬぐいを揺らしながら勝手に上がり込み、勝手にリビングに入って「結構いいトコ住んでんな」等と感想を述べる。とにかく勝手な男だ。
 普段は柳みたいに軽くてどんな言葉で殴りつけようともヘラヘラかわしてしまう。日本のことわざでいうと、「暖簾に腕押し」というヤツだ。
 仕方なくテーブルセットの椅子に座らせ、お湯を沸かしにキッチンに立った。
「紅茶か?日本茶がいいのか?」
 卓上で包みを解きながらリクエストされる。
「日本茶、あるならほうじ茶がいいな」
 ハロウィンを気取ったクセに、なんだそのチョイスは。茶葉を入れた急須にお湯を注ぎなら見ていると、一見どら焼きのような菓子が出てきた。だけど中からピスタチオグリーンのモノが覗いている。お得意のゲテモノ料理とは違うらしい。
「お、サンキュ。実家の町の商店街でもイベントやるって言うから、ケーキ屋の新メニュー作りを手伝っててさ。そっちは結局別の品で決まったんで、ボツの中でも惜しかったレシピで作ってみた」
 イサミの分を丁寧に包みなおして端に置き、ほうじ茶に合うらしい謎のどら焼きが目の前に置かれる。綺麗に焼き色のついた皮と皮の間に小豆ではない餡が挟まっていて、やけにキラキラして見えた。枝豆餡などではない。何か練りこまれている。
 未知の料理の正体を探ろうとするのは警戒心だけではない、料理人の本能みたいなものだ。
「ほら、お茶が冷めない内におあがりよ」
 自信が漂う幸平に促されて手に取り、慎重に一口かじってみた。



「違う……」
 ピスタチオクリームを放り出し、バターの在庫からまだ使っていないものを探し、色や風味の似ている食材を選び直す。簡単に手に入る材料を片っ端から試しているが、どれもこれも正解には程遠い。
 だけど、「珍しいものは使ってない」と言うのだから、どこかに正解があるはずなのだ。このまま負け越すのはプライドが許さない。
「兄ちゃん、もうボクお腹いっぱいだよー」
 元々丸い腹を叩きながら弟が撤収を唆す。食いしん坊のイサミはちょうどいい試食係だ。
「全然幸平のどら焼きに掠らないんだから、今年も一旦諦めようよ」
「来年は卒業じゃないか!このままじゃ済ませない」
「まあ、すごく美味しかったから卒業してもまた食べたいよね」
 満腹のはずがよだれを垂らさんばかりのイサミを素早く睨みつけた。そういう問題じゃない。負けが嫌なのだ。
『コイツのレシピ、当ててみなよ』
 一口ずつ味わいながら、ああでもないこうでもないと素材を推理していたら、面白がった幸平が勝負に仕立てあげたのだ。受けない理由がない。
 しかし、その年は結局正解が見つからなかった。
『答え教えようか?』
『言うな。絶対に自分で当ててやる』
『じゃあ、来年また作ってやるよ』
 ハロウィンには謎のどら焼きを食べ、そこから一週間試作を繰り返す。お陰でイサミの肥満が加速している気がする。
「ハロウィンってこんなイベントだったっけ?」
 余ったクリームをつまみ食いしながらイサミがのんびりとつぶやいた。そんなことはどうだっていい。町にカボチャが溢れだすと一年保留されていた闘争心が首をもたげるのだ。
 頭をかきむしってレシピノートをめくる。その様子を呆れ半分に眺めて、いたずらっぽくイサミは言う。
「あの日、幸平が持ってきたのって、結局ドルチェットだったのかな?それとも……」
 スケルツェ――掴めないあの顔は、まるでいたずら小僧だ。
作品名:君にしか解けない魔法 作家名:3丁目