For the future !
二年目四月 岩鳶の仲間たちと会う
「ハルちゃん! 凛ちゃん!」
渚が弾んだ声で呼びかけてきた。昔と変わらない天真爛漫な笑顔だ。
凛と遙のふたりは渚たちのいるテーブルへと近づいていき、空いている席に座った。
日本選手権水泳競技会が終わってから初めて迎えた日曜日である。
店員が水を持ってきた。メニューを見て、なにを注文するのかを考え、やがて注文も済ませた。
「……おまえらも東京に来たんだな」
凛は渚と怜を見て、少しからかうように言った。
渚はえへっと笑う。
「がんばって勉強したんだよ!」
一般入試で東京の大学に進学したのだ。
「でも、さすがに怜ちゃんと同じ大学は無理だったけど」
渚は同じく一般入試で東京の大学に進学した怜に眼を向けた。
視線が重なり、怜は優しく笑った。
怜は渚がどれだけ勉強をがんばったかをよく知っている。
「江ちゃんだって、東京に来たよね」
渚の眼が今度は江に向けられた。
江も一般入試で東京の大学に進学したのだった。
「……江がこちらに来ることが決まったあと大変だったと真琴から聞いた」
「え! ハルちゃん、なにそれ? どういうこと?」
渚は好奇心全開な様子だ。
その視線を受けて、遙は無表情のままだ。名前のあがった真琴はなんだか気まずそうな顔をしている。
「凛から指令が出たそうだ。江がひとり暮らしをしても大丈夫なセキュリティーが厳重で駅から近い部屋を探せ、と」
「うわー」
凛は平然としている。
「とうぜんだろ」
「でも、凛さん、東京の家賃、高いですよ。凛さんの希望するような部屋となると、どれぐらいの家賃になるか……」
「だから、部屋はある程度譲歩して、江専用のセコムをつけることにしたそうだ」
「え!? それ、高くない!?」
「いや、無料だ」
「ええっ!? どういうことなんですか?」
「……あー、その江ちゃん専用セコムって俺のことなんだよね」
真琴が説明する。
「江ちゃんの部屋を俺が住んでいるところの近くにして、大学同じだから、なるべく一緒に通えって」
渚と怜はぽかんとしていたが、次の瞬間には、あーなるほどー、と納得した。
そんなふたりの様子を眺めていた凛は、おもしろくなさそうに横を向いた。
シスコンだと遙は思う。
「凛ちゃんはハルちゃんちに転がり込んでるんだよね?」
「転がり込んだわけじゃねーよ! 俺はハルから提案されてそれに乗ることにしたんだ。まあ、ありがてぇとは思ってるけどな」
「それでどう? ふたり暮らしは?」
「まだそんなに長く一緒に暮らしてるわけじゃねぇし」
「特に問題ない」
遙が断言した。
だから、凛はちらっと遙のほうを見たあとに言う。
「だな」
まだ短いと言える日数ではあるが、ふたりで一緒に暮らしていて特に問題はない。
「良かった!」
明るく渚は言う。
「だって、しばらくはこのままの状態なんだよね?」
「ああ」
凛は肯定する。
「今月下旬から来月初旬までインターナショナル合宿があるし、六月の中旬からはジャパンオープンがあるからな」
インターナショナル強化選手合宿は国立スポーツ科学センターで行われ、パンパシフィック選手権とアジア大会に出場を決めている選手が参加することになっていて、もちろん、凛と遙も参加する。
そして、六月中旬に開催されるジャパンオープンにも、凛と遙は出場する。
「合宿からジャパンオープンまで一ヶ月以上あるから、オーストラリアにもどろうかとも思ったが、微妙だしな」
結局、今と同じ状態、遙の部屋を住居として、練習は国立スポーツ科学センターなどで行うことを選んだ。
「ふたりで暮らしてて問題ないなら、それがいいんじゃない」
むしろ問題ないどころか。
そう凛と遙は同時に思ったものの、ふたりとも言わないでいる。
もちろん、生活習慣や好みの違いなどで気になる部分はある。
しかし、ふたりともきちんと片付けたいタイプであり、それも神経質とは言われない程度にであるし、料理などの家事も苦にならないタイプだ。
なによりも、一緒に居ることがどちらにも精神的に良い。
もっとも、ふたり暮らしを始めてからまだたいして経っていないうえ、日本代表選手となって忙しいからかもしれないが。
「私にとってはお兄ちゃんが幸せなのが一番」
江が明るく笑っている。
「なに言ってんだ、おまえは」
ちょっとあきれたような声を凛は返した。
でも、ま、たしかに幸せだな、と思った。
作品名:For the future ! 作家名:hujio