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夜明けは僕の空の味がしてる

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「雲雀。」

俺は名前を呼んだ。

ひばり、と心の中で繰り返せば、飴玉を転がすような何とも言えない甘くて幸せな気持ちが広がる。
ひばり、ひばり、ひばり。
とろける幸せが俺の心を満たしてくれる。
「ひばり。」
でも、どうしてだか。
その名前を呼んだ今、舌先に残るのは苦いものばかり。幸福なんて訪れない。
なんだか悲しくて、鼻がつんとする。
「何。」
「いや…。」
怪訝そうに首を傾げた後、雲雀はもう一度本に視線を落とした。どうせ、俺の言い出すことだから大したことじゃない、って判断されたんだろう。構わない。外国の言葉で書かれた難解なその本のほうが、きっと雲雀にとっては有益で意味がある。俺にも分からない気持ちを雲雀が知る由もないのだから、こんな風に思うことがおかしいんだ。

「ひばり。」
俺はまた名前を呼んでいた。その声は弱々しくて、自分のことながらおかしい。きっと情けないくらい、泣きそうな顔をしているんだろう。
この気持ちはなんなんだ。未だ味わったことがない。胸がざわざわする。ぎゅっと拳を握ると、ざらついた肌が鳴るようだ。
「ひばり。」
「…何の用なの。」
眉間に皺を寄せて見上げた、その黒い目が優しい。
二人で選んだ白いソファに座る雲雀はいつも通り過ぎて、何だかまた悲しくなった。もたれかかれば、冷たい革が受け入れるようにじわじわ馴染んでいく、その感触が好きだった。
「…わかんない。」
雲雀がため息をつくのが聞こえる。二人きりの部屋では、案外に大きく響くものだ。一緒に住んで、初めて知った。心地よかったはずの沈黙も、今はただ寂しいだけ。
困らせたいわけじゃない。分からなくなる、自分でも。
「山本。」
「…うん。」
「泣いたりしたら、咬み殺すよ。」
「……。」
その背中に俺は手を伸ばせなかった。
「そんなことをしたら、僕は、君を、許さない。」
言葉は胸を刺す。
話し方も視線も全てが柔らかいのに、雲雀は全身で俺を拒もうとしている。
好きなのに。
どうして別れは来るんだろう。

「ひばり。ひばり。」
「……。」
「ひばりっ…。」
「泣くな、馬鹿。」

俺と雲雀は別れる。
それは俺が言い出したことだ。

雲雀はぽかんと固まった後、泣きそうな顔を一瞬した。
“分かった。”
そういった雲雀はもういつもの雲雀だった。
いつか、こんな日が来るのを薄々感じていたのかもしれない。


なぁ、もういっそ許さないで。
俺を、お前に刻んでほしい。
憎しみでも何でもいいから。


俺が自分勝手に選んだ選択なのに、こんなことを思うのはずるい。
縋りついて愛してるといいたい。その身体を抱き締めたい。笑ってほしい。
雲雀、ひばり。

「さよなら。」

鍵を置いて、俺は部屋を出た。
住み慣れた部屋だった。二人の部屋だった。
来週には引き払われて、雲雀はイタリアに行く。
「っ…ぅ…っ……。」
荷物はひどく軽い。
思い出すのが怖くて、ほとんどを処分してしまった。
なのに、俺を忘れないでいてくれることをこんなにも願っている。


ひばり

心の中で繰り返せば、彼がくれた幸せだけが巡る。
触れられなかった指先が凍るようで、俺は息を吐いた。

「恋は幸せなもんじゃなかったのか。」