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かじみちつめ

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OPE.7のあと



加地が戦略統合外科の医局にもどると、部屋にいたのは未知子ひとりだった。
未知子は部屋のど真ん中にある席に長い脚を見せつけるように座り、デスクに置かれたPCを見ている。PCの画面上に映し出されているのは手術の光景だ。
加地は気まずい表情で無言のまま自分のデスクへと行く。
しかし。
「あ、加地ちゃん」
未知子が加地のほうを見て名前を呼んだ。
なんで気づくんだ、おまえは背中にも眼があるのかと、加地は思った。
単純にだれかが部屋に入ってきたのに未知子が気づいて、いちおう振り返って確認してみただけなのだが。
「よ、よう」
加地は歯切れの悪い返事をすると眼をそらし、席についた。
そのあと自分の仕事に集中しようとする。
けれども、足音が聞こえてきた。
ハイヒールの音。
未知子が近づいてきている。
それがわかって、加地は内心あせりつつも、無視し続ける。
「加地ちゃん」
そばに未知子が立ち、呼びかけてきた。
「私になんか言うことない?」
そちらのほうを見なくても、未知子がからかうように笑っているのを感じる。
加地は素っ気なく答える。
「ない」
「加地ちゃん、私がオペしてるときに、なんで今日に限って遅いんだよとかオペの邪魔するようなこと言ってきたよね?」
「……」
「私そもそも勝負してないんだけど、それはともかくとして、結果どうなった?」
「……」
結果、富士川が手術した患者は退院予定の日に倒れて再手術することになった。
未知子が富士川よりも遅かったのは、富士川がしなかった処置をしたからだ。
その差、十分。
十分でそれだけの処置をしたことを考慮すれば、やはり、常軌を逸した悪魔の所行だと言ってもいい早さだろう。
加地は気まずい。たいへん気まずい。
未知子が充分な処置を行うために時間をかけたことに気づかず、自分は未知子を責めるようなことを言ってしまった。
それに、未知子は知らないだろうが、海老名と呑んだときに自分は未知子が富士川に買収されたのだろうという推測を口にした。
自分は間違っていたのだ。
「……悪かった」
加地は未知子のほうを向かないまま、ぼそっと謝った。
「じゃあ、俺たちの人生返せーってヤツ、チャラにして」
「え」
思わず、加地は未知子を見た。
未知子は楽しげに笑う。
「青岡山の卓球場で卓球してたの見ちゃった。すごく酔っ払ってたみたいだったけど?」
「う」
「そういえば、あのとき、なにが失敗いたしませんだ、いたしてみろよとか、怒鳴ってたよね」
うわああと加地は心のなかで叫ぶ。
あのとき、酔っ払った自分と海老名は卓球しながら未知子に対する文句を言っていた。あれを聞かれていたとは!
あせる加地の顔を見て、未知子はふっと笑った。
「まあ、いいけど」
サバサバした口調。
「加地ちゃん、あの騒がしい男の口車にドボンしちゃうのかと思ってた。でも、そうならなかったのに、あのオペのとき、気づいた。あんなヤツに負けやがって、って言ったから」
「……」
「結構嬉しかった」
そう未知子は告げると、サッと身体の向きを変え、去って行く。
自分の席に残っている加地はあのときのことを思い出す。あのとき、自分は未知子が富士川に負けたのがくやしかった。くやしくてたまらなかったから、あんな行動に出た。
富士川が嫌いだから、だけではない。
ずっと。
ずっと、ずっと、自分は。
加地は立ちあがる。東と西の境界線のあたりまで行く。
眼のまえにあるのは、去って行く未知子のうしろ姿。
「大門!」
呼びかけた。
未知子の足がピタッと止まる。
それから、振り返った。
その未知子の顔が完全にこちらを向いてから、加地は言う。
「俺の人生、おまえにくれてやる!」
一瞬、未知子は意味がわからないという表情をして、そのあと、意味がわかったらしく加地をじっと見る。
加地はつい眼をそらした。
「……俺の人生なんかいらないかもしれないが。俺と一緒になったところで、いいことなんか、一緒に映画館行ったら安く見られるぐらいだし」
ぶつぶつ加地が言っていると、未知子の軽やかな笑い声が聞こえてきた。
加地は未知子のほうを向く。
「いいじゃん、それ」
未知子は加地をいたずらっぽい眼で見ていた。
この反応はどういうことなのだろうかと加地は考える。
未知子は胸のまえで腕を組んだ。
そして、堂々と告げる。
「加地ちゃんの人生、もらってあげる」
「……ったく、なんでそんなにえらそうなんだよ、おまえは」
文句を言いながら、加地は歩き出した。
未知子はそのまま動かずにいる。待っているように。いや、待っているのだ。
やがて、加地は未知子の隣まで進んで立ち止まった。
「言っておくが、俺は亭主関白だからな」
「そーゆーの似合わないー。私のほうが男前だし」
「自分で男前とか言うな」
「ってゆーか、なんでいきなりプロポーズ?」
「おたがいの年齢考えたらそうなるだろ」
「まーね」

さあ、これから、ふたり一緒の船出です。




作品名:かじみちつめ 作家名:hujio