敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
第六章 滅亡の長い一日
冥王星は小さな星だ。地球からオーストラリア大陸を剥ぎ取って丸めたほどの大きさで、さらにその半分ほどの大きさの連星カロンを従えている。この星から地球めがけて投げられるように最初の遊星群が飛び出したとき、世界中の天文学者は首を捻(ひね)るばかりだった。
そのすべてが地球を狙っているとしか思えぬほどに正確な軌道と、自然には有り得ぬほどのそのスピード。人為的な現象なのは明らかだが、それにしても一体誰が、なんのために。
むろん当初は、異星人の侵略などと考える者は少なかった。第一に疑われたのは同じ地球人類によるテロだったが、しかし一体なんのつもりかわからない。
宇宙時代になって久しい22世紀末の今でも、人類は冥王星について多くを知っていると言えなかった。その星はあまりに遠く、小さ過ぎた。地球や火星の軌道からでは、光学・電波に関わらず最も大きな望遠鏡でもその細部を見ることはできず、有人船では二ヶ月かかるその距離ゆえにさして探査も行われていなかった。海王星の向こう側にいくらでもあるただの丸い氷に過ぎず、調べたところで特に得るものはないだろう――そう思われていたのである。
遊星の出現後、最初に送った高速無人探査機が突然に攻撃されて破壊されるのを同時に送った二機目がカメラに捉え、直後に通信を途絶させたとき、人は初めてそこに〈敵〉がいるとはっきり知ることになった。しかし、まだわからなかった。それは一体何者なのだ。
だが実は、しばらく前から、噂は流れていたともいう。冥王星の近辺に宇宙船の群れと思(おぼ)しき奇妙な未確認物体の動きがあると――それらはトンデモ陰謀論者のたわごとして片付けられて、誰も気に止めなかったのだが。〈敵〉はこの星が地球から遠いのをいいことに、一年ほどの時間をかけて密かに兵を送り込み、基地を築いていたのだろうか。そして遊星を地球に送るなんらかの装置を造り上げた――それは相当に巨大なはずだが、しかし遠過ぎ、どんな望遠鏡であっても位置を知ることなどはできない――。
20世紀末に打ち上げられた最初の宇宙望遠鏡〈ハッブル〉でも、冥王星は18禁ビデオにかけられるモザイクの集まりのようなチラチラにしか見えなかった。二百年で観測技術ははるかに進んだとは言っても、レンズや鏡を磨くのには自(おの)ずと限界というものがあり、コンピュータでどれだけ画像を解析しても冥王星のどこに〈敵〉がいるのかを知るには到底いたらない。近寄って直(じか)に見るしかないのだが、それも遠くて難しい。最初に殺られた無人探査機のようなのをいくら送り込んだとしても全部二の舞になるのがオチだ。
太陽系の各所には有人無人の観測施設や宇宙ステーションの類(たぐい)が無数に存在していたのだが、ことごとくが強力な通信妨害によりデータを送ってこれなくなった。天王星の軌道より向こうにあるものはほとんどが破壊され、死者が出るに及んでくると、もはや誤解や行き違いかもしれないという言葉では済まされない。大体それが友好的な存在ならば、一年かけて冥王星にコッソリ基地を造り上げ、石を投げてくるなんて真似をするはずがないではないか。
人類は正体不明の〈敵〉の攻撃にさらされたのだ。武力以外の手段では決して解決できないものと考える他はない。
しかしもちろん、反発はあった。異星人は友好的に決まっています――そう叫んで制止を聞かずに宇宙へ出て行くピースボートが早速にも何隻も出た。狂人達は誰ひとりむろん帰って来なかったのだが、地上で送る者達が考えを変えた話も聞かない。そして言うのだ、日本政府が憲法九条を守らないからこんなことになるのです、とか。
なわけ、ねえだろ! と笑う前に、ひょっとしたらこのイカレた主張にも一面の真実があるかもしれぬと考えなければ、重要なことを見落とすだろう。〈敵〉が地球人類を滅ぼす気でいるのなら、それは我らを恐れているからではないか。そうでなければどうして殺す必要がある?
〈敵〉が地球の兵器など問題にならないほどの科学を持っているなら、勝てない。幼稚なSFアニメのごとく、こちらの攻撃はすべてバリヤで弾き返され、逆に相手の超兵器で味方は全滅させられるだろう。それどころか、呪いの電波兵器によってすべての兵が狂い死にさせられる、などということになるかもしれない……。
もしも〈敵〉がそれほどのものなら、地球人を恐れたりするはずもない。しかし今、冥王星に潜んでいるのは明らかに違う。実はこっちを怖がってるのが見え見えだ。地球の科学で勝てない敵ではないと見るべきではないか。
その考えは、まず半分は正しいものと思われた。〈ガミラス〉というその敵は――その名前は『降伏するときは呼べ』との言葉とともに彼らが名乗ったものだというが――地球人がまったく対抗できないほどの力を持ってはいなかった。が、問題はガミラスもまたそれを知り、それがゆえに準惑星の陰に隠れて決して自(みずか)ら地球の近くへ寄ってはこない戦術を取ることだ。地球人は波動エンジンを持たぬがゆえに遠くで戦うことができない。それをいいことに石を投げつけ、地上を放射能で汚して、ジワジワと嬲り殺しにしようとする。
八年間の戦いの末に、地球の海は干上がった。正しく言えば北と南の両極に海の水が集まって、そこで分厚く凍ってしまっているわけだが、遊星投擲を止めない限り氷を解かすことはできない。
最大の敵は距離なのだ。冥王星は遠過ぎる。言わば〈宙の利〉とでも呼ぶべきものを味方につけたガミラスに、地球はこれまで思うような打つ手を取ることができずにいた。あまりに遠く、星全体がただの点にしか見えないために、基地がどこにあるのかさえも知りようがない。
〈メ号作戦〉が失敗したのも、それが大きな要因とされる。冗談のような話だが、しかし笑うに笑えない。近づき、見つけ、それを叩く。冥王星のガミラス基地に対してそれを行える船は、地球に存在しなかった。
これまでは――だが今、ここに〈ヤマト〉がある。〈ヤマト〉ならばできるだろうか。あの星に潜む侵略者から太陽系を取り戻すことが?
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之