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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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昔からこんなやつだった。おれが古代を最初に見て、一体なんでこんなのが訓練生の中にいるのかと思ったときからずっと……その頃の記憶を思い返してみる。こいつ自身がどうして自分が戦闘機乗り候補でいるのかまるでわからないような顔をして、訓練などてんでついてこれないように見えるのに、しかしイザかるたの札を並べて面と向き合わされ、シミュレーターに押し込まれて着陸できない限りメシ抜きで一度失敗するごとに腕立て伏せと言われるや……。

その途端に得体の知れない強さを見せる。古代はそんなやつだった。自分からは決して戦うことはせず、本当なら軍になんか入らない。三浦半島に遊星が落ちてなければおそらく今は地球の地下でただ死ぬのを待っている。しかし実は闘争心を眠らせていて、解き放ったときの恐ろしさを知ると誰ももう古代をナメてかかるようなことはできない。

沖田艦長はただのひとめで本当の古代を見たのだろうか。死んだ坂井はどうだったろう。かつて古代を生かすべきとした教官の中に、あの男もいたかもだ。〈コア〉を持ってきたパイロットが古代と知っていたならば、自分が死んで代わりに古代が〈アルファー・ワン〉になることを最期に悟っていったのかも――『それが運命であるのなら、受け入れるまで』と納得して……。

古代。こいつは本当に、神に生かされてきたのかもしれないと島は思わずいられなかった。こんな考えはこいつには呪いにしかならないだろう。だから言えたものではないが。

森も言った。古代が神に選ばれたのなら、今までずっと戦って死んでいった者達は古代のためにみんな死んだことになる。この〈ヤマト〉の乗組員もすべてがただ古代ひとりを英雄にするためいることになり、船が地球に戻るとき生きていなくていいことになる。三浦半島に遊星が落ち、大勢の人が死んだことも、今の地球で人々が放射能の水を飲み、たとえ〈ヤマト〉が戻っても子の何割かは生きられぬことも、太田のように親の死に目に会えぬかもしれない者がいることも。すべてはただ古代ひとりを神の創った〈物語〉の主人公とするだけのため。地球はただ古代のために赤い星にさせられて、サーシャも古代の英雄譚(たん)を美しく始めるために殺されたことに。そして古代の兄の死もまた……。

歴史を見ればいくらでもいよう。『オレは神に選ばれた』と自分で言う英雄が。すべてを利用し、のし上がり、己の帝国を建設する。古代がそんな男なら、これは君臨するチャンスだ。口で夢や理想を語り、反する者にそれなりの対応をしていけばいい。呼び方はどうにでもなるものだ。粛清とか、浄化とか、ポアとか。

古代がそんな暴君になりかねないやつならば、今頃とっくに船の戦闘班長気取りでノシノシ歩いているだろうが、これだ。ずっとおれとは違った側の宇宙にいて、今ようやく眠れる獣を起こそうとしている。

やはり運命がこのために生かし、このためだけに檻に閉じ込めていたかのように……きっとそうなのかもしれない。古代のような人間は国や人類まるごとが滅亡か否かのときには役に立つが、それ以外は鍵の付いた首輪を嵌めて鎖で繋いでおかねばならないのかもしれない。そしてこいつは、心のどこかでそれを知っているものだから、〈がんもどき〉の操縦室に自分で中から鍵を掛け外に出ようとしなかったのではないか。

しかし決して爪を研ぐのは忘れずに、床にかるたの札を並べて取りながら……もしそうなら、こいつとおれは、やはりまったく正反対だと島はあらためて考えた。同じに抜かれて同じように生かされてきたパイロットでも、おれは戦闘機乗りにはなれない。しかし古代。こいつは本物の戦闘機械だ。

かつて古代を見た者達がこれを死なせてはならないとしたあの動きを今でもこいつが持っているなら――いや、ひょっとして今ではあれを超えてさえいるのであれば〈スタンレー〉も――思いながら、気づくと廊下側の内窓に、見物人が群れているのが見えた。数時間前、〈エイス・G・ゲーム〉のときに自分もそうしていたように、展望室の中を覗き込んでいる。

黒地に黄のパイロットスーツ。タイガー乗りの者達だった。自分と古代がかるた取りを始めたというのを聞きつけやって来たのか。

加藤の姿も見える。島は「始めるぞ」と言って、自分の横に置いておいたコンピュータの端末機に手を伸ばした。この展望室の音響設備を操作できるようにしてある。いつか加藤とやったときに使い方を教わっておいた。

百人一首の画(え)が出ている。《START》のボタンを押した。天井から序歌を詠み上げる声がする。

『誰波津(なにわず)に 咲くやこの花 冬ごもり 今を春べと 咲くやこの花――』

百万回も聞いた歌だが、意味は知らない。それでも蕾の歌なのだろう。冬の寒さに耐えて力を蓄えていた花の蕾が、『俺のときが来たのだ』と翼を広げようとしている。そういう歌だというくらいはわかる。咲いた花は後は散るだけかもしれないが。

お前とおれとは同期の桜か。島は思った。しかし同じでも正反対。おれは散るわけにいかないが、こいつは明日、冥王星に核の花を咲かせて、それで……。

いいや、まだ死なれては困る。何がなんでも帰ってきてくれよと思った。でなけりゃかるたでお前に勝てないと知りながら、この勝負に誘った意味がなくなってしまう。

きっと、こいつがいなければ、〈ヤマト〉は旅を続けられはしないだろう。そんな気がする。こいつなら、たとえ船が真っ二つに折れても縄でたぐり寄せ繋ぎ合わせて前へ進ませるだろう。波動エンジンを手でまわし、ワームホールを宇宙に手で掘ってでも〈イスカンダル〉に行かすだろう。この〈ヤマト〉にはそのように思わせてくれる者が必要なのだ。

序歌に続いて、最初の歌を詠む声がした。古代の動きは、その歌が詠まれる前からわかっていたかのように見えた。島の耳に〈決まり字〉の音が聞こえたときには目の前を刀のようなものが一閃し、正確に一枚の札を攫っていた。