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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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ウジ虫



そうして地球の〈長い夜〉が始まったのだ。これを境に、人々は地下に逃げ込み太陽を見られぬようになっていく。しかし、まずは横浜だ。古代は街を出られずに、何日も海を眺める公園にいた。空を覆う暗黒の雲はずっと晴れることがなく、みぞれに代わって雪のような灰を海と陸に降らせていた。

救援はいくら待っても訪れず、人は街からダンボールや板を集め、服やタオルを店から取ってきて身を寄せ合った。コンビニ店の食料を漁り、自販機を壊して飲料を取り出す。瓦礫の山から救け出したケガ人達は、多くが手当てのしようもなく呻きながら死んでいった。海を泳いで這い上がってきた者も、途中で毒でも飲んだように血を吐きのたうちまわって死んだ。死んだ人間を埠頭に並べ、街で食べ物を探すのが、若い男の仕事になった。

街では家族を探す者の声がずっと続いていた。桟橋では気の狂った者達が、『見ろ、ガミラスに降伏せぬからこうなったのだ』と叫んでいた。〈ガミラス教〉の信者と思(おぼ)しき者達も、『そうよ、これでわかったでしょう。救われるのはウチの教団に来るものだけよ』と高笑いをして言った。ザマア見なさい。他はみんな地獄行きよ!

降り積もる灰はねばって足を取られた。街は悪臭に包まれてロクに息もできなかったが、数日すると鼻がおかしくなったのか古代は何も感じなくなった。死体にハエがたかり出し、口や目玉や火傷(やけど)で剥けた皮膚の中からウジが湧くようになってきたが、それを見てさえなんとも思わなくなった。

それどころか、このウジを、そのうちおれはうまいと思って食うようになるかもしれない――あらゆることに麻痺した頭でそう思い始めながら、古代はそこらをウジャウジャとうごめいているもの達を見た。実際、その幼虫が、だんだんうまそうに見えてきだした。おそらく体が、この状況でもなんとか生きようとしていたのだろう。

まわりでは人が次々に死んでいった。特に大きなケガをしたとも思えぬような者達までも、うずくまったきり心臓をまるで自分で止めたかのように二度と起き上がらなくなった。

首吊り死体も何体も見た。まだ形をとどめている高いビルの割れた窓から身を投げる者も見た。カルト教団の集団焼身自殺らしいものも眼にしたが、それはどうやら神の下に行けるのだと本気で信じたものらしい――しかしそれも絶望からだ。人は死に救いを求め、ひとりふたりとウジの繭床(まゆどこ)になっていった。

イヤだ、と古代はそれらを見るたび思った。おれは、ああなるのはイヤだ。ここでだけは死にたくない――そう思ったが、しかしどうすればいいのだろう。三浦半島が消滅したという噂は耳に聞こえていた。相模湾を囲む地域は、ここよりもっとひどい状況らしいとも……だからもう家はない。おれの父さんと母さんも……。

そんな、嘘だと古代は思った。しかし目を開けてまわりを見れば、どんな希望も持てそうになかった。あらゆるものがハエとアリに覆われている。どこかでまた首を吊り、飛び降りている者が見える。いつの間にかに動きを止めて灰に埋もれている者がいる。

死んだら、たぶんラクなのだろう――そう思ったが、それでもイヤだ。自殺が悪いことなどと思ったことは一度もない。今この場でも思わない。死ぬのがイヤで、怖いだけだ。虫にたかられたくないだけだ。

他に理屈などなかった。生きていてなんになる。そんな声が聞こえてきた。この戦争に勝てるのか、と――自分の心の声だった。兄貴ならば侵略者に向かって勝ってくるとでも言うのか。これは三浦に隕石が一個落ちたと言うだけじゃない。これは始まりに過ぎないのだ。同じものが次々にこれから地球に落ちてくる。いや、現に外国のどこかの街に昨日落ちたとか今日落ちたとか。敵は周到に準備して、計算を重ねたうえで来てるから、食い止めるのは難しい。いや、ほとんど不可能に近い――そう言われてきたではないか。

そうだ。なのに多くの人はまさかという気持ちでいたのだ。異星人の地球侵略――そんなのマンガとしか思えなかった。過敏に過剰に反応したのは一部のトンデモ人種だけで、大多数は冷静に事の成り行きを見守っていた。

だが今、どうやら世界中でパニックが起きているらしい――そんな噂も聞こえてくる。情報と言えばせいぜいラジオ。声が伝えてくるものは、人がカバンに荷を詰めて地下へ行こうと殺到しているという話ばかりだった。

それはそうだ、とある者は言った。現実を人は直視しなければならなくなった。自分が住んでいる街に今日にも明日にも同じものが落ちるとなれば、他人になど誰も構っていられない。だから誰もここへなんか救けに来ない。オレ達は見捨てられたまま、この港で死んでいくしかないんだ、と。それにどうする。ここを出てたとえ地下へ行けたとしても、宇宙人に勝てるのか。人はどうせジワジワと死んでいくしかなくなるんだ。

泣いて叫ぶ者の声を、古代もそうだと思って聞いた。天を仰いで『降伏するからワタシだけは救けください』と叫ぶ者も出始めた。最初はひとりふたりだったが、そのうちに数を増やして声を揃えて叫び出した。ある程度の人数になればきっとガミラスが迎えに来て、彼らの仲間に加えてくれると本気で信じたらしかった。古代はそんな連中と一緒になる気は起きず、と言って自殺することもできず、うずくまってウジを見ていた。

こいつを食ったら、次には人の死体を食うことになるんだろうな。それも生(なま)でか。足りなけりゃ、次は人を殺して食うのか。たぶんそうなるんだろうなと古代は思った。やらなけりゃ、おれが殺され食われるんだろう。最後のひとりになるまでそれが続くんだろう。

まるで自分がウジ虫のような気がしてきた。ガミラス人の考えがわかるような気がしてきた。きっとやつらは地球人類をこの星の寄生虫として見てるんだろう。ガキの頃におれがアリの巣を踏みつけたように、人がスリゴマになって死ぬのを空で笑って見てるんだろう。そうでなければこんなことができるわけがあるものか。

そこの死体を棒で突つけばウジがゾワゾワと出てくるだろう。異星人には人間は同じものにしか見えないのだろう。殺してやる、と古代は思った。いつかお前らを殺してやる。たとえここでウジを食い人を殺して食うことになっても、おれは生き延びてお前らをいつか殺しに行ってやる。

絶対にだ、と古代は思った。おれは最後まで戦ってやるぞ。決してお前らに屈服はしない。

たとえ最後のひとりになろうと、おれはお前らと戦ってやる。