敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
まさか本当に冥王星に行くとは考えていなかった。
なのに行くのか、おれでいいのか? 島にも言った。おれは今までなんにもしてこなかったのに、と。あいつはそれがどうしたと言ったが……別に偉い人間になりたいわけじゃないんだろうと。お前なんか偉くないのはみんな知ってるんだからそれでいいじゃないか、と。
〈サーシャのカプセル〉を届けたのも、コスモナイトを運んだのもたまたまだ。そんなの誰でも知っている。偉いのは地球人類を救うためこの〈ヤマト〉を造った者らだ。青い海と緑の地を取り戻して動物をそこへ還そうとしている者らだ。
おれがこれから戦えるよう準備を整えてくれた者達なのだ、今この食堂の中にいる……戦闘機乗りなんて言うのはそもそも、銃に装填されて薬莢の尻を叩かれるのを待ってる鉄砲玉に過ぎない。
だから偉くなんかない。きっとおれなど、誰が呼んだのか〈スタンレー〉の空で死んでいい人間なのだろう。そうだ。あの日、横浜で、いつか敵を殺しに行くと誓ったときも、生きて帰って英雄になるなど考えはしなかった。その日までは生きてやるとただ思っただけだった。遊星さえ止めたなら後のことはどうでもいい。
三浦半島を消したやつらを殺せたら。親の仇が討てたなら。あの日、埠頭で泣いてたあの子に、すまない、けれどその代わり、おれは君の仇も取ったぞと言えれば、後はどうなろうと――。
この船には島がいて、森とかいう女がいて、その部下であるこの子がいる。そしてこの食堂にいるクルー達――おれと違ってみんな偉いわけだから後はどうにかするだろう。だからおれは死んでいい。ひょっとするとこの日のために生きてきたのかもしれなくて、どういうわけか〈アルファー・ワン〉。
「古代一尉」
名を呼ばれた。船務科員の彼女だった。「何?」と聞いた。
「いえ、別に……」
まるで『顔にご飯粒がついてます』とでも言いたそうな顔つきだ。
「何さ」と言った。
「いえ、その……」
モジモジとする。古代は彼女の名札を見た。《結城蛍》と記されて、ローマ字で読みも付いている。〈ユウキケイ〉と読むらしい。
彼女は言った。「古代一尉って、よく見るとカッコいいですね」
「ははは」笑った。「何言ってんの」
「ふふふ」
と彼女も笑う。やっぱり、ときが来たんだな、と古代は思った。おれが死んでもこの子はおれを憶えていてくれるだろう。だったらそれでいいやと思うといい気分だった。
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之