敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
アマチュア
息を止めてモニターに見入っていた者達が、肩を下ろして緊張を解いた。加藤は仕切りの向こうを覗いた。隣の部屋では、救護員が古代のシミュレーターに駆け寄っている。
棺桶の蓋のようなハッチが開くと、黒地に赤のパイロットスーツにヘルメットを被った古代が首をうなだれていた。救護員がベルトを外すと、前に倒れ伏しそうになる。顔は見えぬが、バイザーの中では白目を剥いているかもしれない。
救護員らは数人がかりでそんな古代を引っ張り出すと、ストレッチャーに載せて運び出していった。
新見が席から伸び上がってそれを見ながら、「大丈夫ですかね」
「さあね」
と言った。古代機の隣りのシミュレーターから山本が出て、ヘルメットを取り、睨むような目でこちらを見る。それから部屋を出ていくが、古代を追って医務室に向かったものらしかった。
四台の〈タイガー〉用機もシミュレーションを終える。
新見が機器をカチャカチャと操作し、今の訓練を映像にした。古代の〈ゼロ〉がクルリと一回転したが、その後、姿勢を戻せずに機を暴れさせ空中分解に至るようすがコマ送りに描かれる。
「一瞬、うまくやったように見えたのですが……」
「まあ、こんなことになるんじゃないかと思いましたがね」
加藤は言った。言ったが、しかし内心では、穏やかでない気持ちだった。まさか古代が、一瞬でも、〈ゼロ〉でクルビットをやってのけるとは思っていなかったのだ。しかし確かに、たとえ仮想のヴァーチャル訓練であろうとも、機の限界を超える機動を古代は〈ゼロ〉にやらせてみせた。
だが、と思う。
「腕がいいというのは認める」加藤は言った。「しかし、あれはアマチュアです。どんなに腕が良くてもプロに勝てはしない」
「それは、どういう……」
「新見さん、さっき、バレーボールの話をしましたね。おれはボクシングの話をしましょう。プロボクサーなら、1ラウンド2ラウンドと残りの時間を計算しつつ相手とどう闘っていくか探りながら試合をします。しかし古代はどうですか。リングの中を逃げまわり、相手の隙を見つけてクロスカウンター。それ一発で勝ってしまうという具合だ。天才だからそれができる、とも言えるかもしれませんが、どう考えてもプロじゃない。〈スタンレー〉にこんなやり方で行けば敗けます」
「それは……」
「腕はいい。しかしアマチュアはアマチュアだ。あれをプロに鍛える時間はないわけでしょう。〈ヤマト〉はあと何日も太陽系にはいられない。〈ヤマト〉が一日遅れるごとに十万人の子供が死に、百万人の女が子供を産めなくなるのだから……あの一尉がプロになるのを待ってはいられないでしょう」
「けど」と南部が言った。「〈スタンレー〉をこのままで行けば……」
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之