敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
男はやはり、銃を手に持ち振りかざしていた。映像ではよくわからないが、おそらく〈AK〉と総称される自動小銃の一種だろう。250年前のロシア――当時はソ連と呼ばれた国で、カラシニコフという名の男が造ったライフル。世界各地でコピーされ改良とも改悪ともつかないものが重ねられ、今では最初の1947年型とまるで別物と化しているが、それでも燃える炎を背に黒く浮かぶシルエットは、〈AK〉のものに間違いなかった。この250年間に、ガミラスとの戦争などよりはるかに多くの地球人を殺してきた人類史上最悪の〈小さな大量破壊兵器〉。その男の背後には、まさにその〈AK〉を連射している最中らしい者達の影も映っている。
地球のどこかで、〈ヤマト〉に『NO』を叫ぶ狂徒の集団が虐殺を行っているのだ。それを自(みずか)ら録画して送りつけてきたものに違いなかった。
燃える家から逃げ出してくる人々に銃弾の雨が浴びせられる。女子供の別もなかった。悲鳴を上げて泣き叫ぶひとりの男がカメラの前に連れて来られる。数人がかりで上着が剥ぎ取られ、シャツの袖が引きちぎられた。
〈AK〉を持った覆面男が叫んだ。字幕に、《ヤマトの乗組員どもよ! よく見ろ! これが貴様らのしようとしていることに対する我々の答えだ!》
袖を裂かれた男の腕が台に乗せられ押さえつけられた。フランス語で『やめてくれ』と訴えている。だが男らが聞くわけもない。大きな斧を持った男が画面の中に入ってきた。顔にはやはり覆面をしている。
「まさか……」
と森は言った。こんなときに、なぜかふと、子供の頃に神社で見た餅つきのことを思い出した。
「この先は見ない方がいい」
相原が動画再生のスキップボタンに指をかけた。押せば三十秒ばかり飛ばし再生がされるらしい。
「飛ばすよ」
押した。しかしその後に流れた映像は充分過ぎるほどに凄惨だった。血にまみれてのたうつ男。片腕は肘から先がなくなっていた。覆面男が切り落とした腕をカメラに見せつけてから、燃えている家に向かって放り投げた。これでその手はグリルローストされてしまい、腕のいい医者でも繋げなくなるだろう。
《どうだ、ヤマト!》
覆面男は叫んだ。もがいている男を指して、
《こいつは「子供を救うためなら波動砲で冥王星を壊すのもやむを得ない」などと言っていた男だ! 我らはこれからこういうやつらの腕を片っ端から斬り落としてやる! わかったら波動砲などという兵器を捨てろ! イスカンダルなどという悪の星へ行くのはやめろ! 大量破壊兵器による平和など有り得ないとわからぬやつに宇宙の愛を教えるには、もうこうするしかないのだ! わかったら我ら愛の戦士の言うことを聞け!》
「な……」と森は言った。「何よ、これ……」
男は続ける。《わかっているぞ、貴様らはどうせ日本人だろう! どうせ日本人だけが生き延びる気でいるんだろう! そうはさせん! 警告を無視して冥王星を撃ったら、日本人をみな殺してやる! 女も子供もひとり残らず殺してやるぞ! それで貴様らは根絶やしだ! 脅しと思うな、我々は必ず実行する!》
「これがいま地球の地下で起きてることさ」相原が言った。「さすがにここまでひどいのはまだごく一部だろうけど、今後拡大するかもね。地球全体でこんなのが増えるようだと、もう……」
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之