敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
重力が衰えるとき
「一体何をやろうってわけ?」
と太田が言った。楕円形の展望室を内窓越しに見る廊下。森が島と太田と三人でいるのは艦首側のほぼ端だった。これから何が始まるにせよ、それを見るのに特等席とは言い難い。まわりはもう狭いところに集まってきたクルーでギュウギュウ。
「さあ。おれに聞かれてもな」と島。
「な、何をやるにしてもウチに断りもなくいきなり……」
と森は言った。『ウチ』と言うのはもちろん船務科のことだ。クルーのリラクゼーションの場である右舷展望室を道場として使うには、事前に船務科に申請して予約を取らねばならない決まりだ。なのにそれを、こともあろうに船務長の自分を追い出し勝手に事を運ぶとは。
森としては後でキッチリ落とし前をつけねばならないところだったが、
「だから、おれに言うなって。航空隊のやつに言えよ」
「航空隊って、つまり誰よ。あの古代に言えって言うの?」
「スジとしてはそうなるな」
「けどあれって、どう見ても……」
「うーん」
と島。窓の向こう、畳の上で古代はオロオロするばかり。下の者らに着ろと言われて道着を着込みここまで引っ張ってこられたのがひと目でわかる状況だ。これが古代の考えでなく、加藤の主導で行われているというのも見てわかる。だから言うなら加藤にということになるが、スジとしては古代に言って古代に加藤を自分の元に引っ張ってこさせなければならない。しかしあれはどう見ても……。
「ねえ」と太田が言った。「なんか体が軽くなった気がしない?」
「え?」
と言った。そこで気づいた。確かに妙に体が軽い。まるで高速で降りるエレベーターにでも乗ったような感じだ。『軽い』どころか、まるで体が半分の重さにでもなったような。
いや、と森はさらに思った。『半分』どころじゃない。もっと――。
「間違いない。確かにそうだ」太田が言う。「展望室の人工重力を弱めてるんだ。その影響でこの廊下も――」
重力が弱まっている? だから体が軽く感じる? そんなバカなと森は思った。いやもちろん、可能なことだが……。
つい数時間前に艦橋裏の小展望室で、あの古代が宙に浮かんでいたのと同じだ。〈ヤマト〉両舷の大展望室は、どちらも床の重力を調節できるようになっている。
今、あの中は重力がない? いや、古代も加藤も畳の上に立っていた。古代は『なんだなんだ』とばかりにまわりを見回してるが、足が離れて宙に浮き上がるようすはない。
床の重力は完全に切られてはいない。おそらく展望室内は今、Gが地球の四分の一か、それ以下にまで弱く調節されているのだ。
と言うことは、どういうことだ? 森は思った。そのときに島が言った。
「これは……まさか、〈エイス・G・ゲーム〉か!」
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之