敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
ドッグファイト
畳を蹴って古代が飛ぶと、加藤が追って組みついてきた。宙で手足が絡まり合う。乾燥機内の布のようにふたりで上になり下になりつつ床へ。
そしてゴム毬が跳ねるようにまた宙に飛び上がった。加藤が古代の腕を掴んで背中を取ろうと身を捻る。古代はそうはさせるかと、加藤の道着の襟を捕まえ足を払った。
そうする間にもふたりで宙を回転し、上下左右に飛びまわる。楕円形の広間のどちらが艦首方向で、どちらが後ろか古代にはわからなくなりそうだった。
古代は天井を足で駆け、それから体を猫のようによじって畳に着地した。重力が八分の一の世界ではそんな動きも可能だった。これはなんて勝負だ、と思う。前後の壁に相手の体を叩きつけた方が勝ち? しかし手足が着いた程度じゃ無効だから、サッカーでゴールキーパーがやるようなガードが効くということになる。
そうでなければもうとっくにおれの敗けで決まっていた。けれども違う。こいつはそう簡単に勝負がつくというものじゃない。気を抜いたらやられるが、力に大きな差がなければ滅多なことでは決着しない。
精神力の勝負だ。『敗けてたまるか』という思いが強い方が最後に勝つ。犬と犬とが相手を追いかけ噛み合うように――。
ドッグファイトだ。これはそういうゲームなのだ。そしてまさしく空中戦――加藤が高く飛び上がり、天井に一瞬張り付いたようになってから古代めがけてドロップしてくる。古代は躱して内窓が並ぶ壁を横向きに駆けた。その向こうで対決を見守る者達が、ワッと驚きてんでに身を仰け反らす。
何しろ重力が弱いため、畳の上を普通に走ることができない。どうしてもトランポリンの上で闘うような具合になってくる。壁を駆け上がり、天井を蹴って、踊るように宙を舞う。そういう動きができねば、やられる――それが重力八分の一のゲームなのだと古代にはわかった。
加藤が弾むボールのように古代に対し迫ってくる。蹴りが上から来たと思うと手刀が下から襲ってくる。どの方向からどう攻撃が来るのかまったく予測がつかない。
アクロバティックな動きに翻弄されながら、古代は必死にこのゲームに勝つ道を探した。敗けるものか、という感情がこみ上げてくる。敗けたならば命令を聞けとか、死ねとかいうのはどうでもいい。
敗けることが気に食わない。それだけはおれは絶対に我慢できない。加藤が誰であろうともこの際なんの関係もあるか。
空中で古代は加藤と掴み合った。互いに柔道技を掛け合い、上と下とを入れ替わらせて転げ合う。
投げては掴み、蹴っては殴り、突いては払って張り飛ばし合った。そうしてふたり、八分の一のG空間を駆け巡る。古代はもはや闘争心の固まりだった。空を駆けて敵と闘う戦闘機以外の何物でもなかった。
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之