二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

INDEX|72ページ/145ページ|

次のページ前のページ
 

フェアリーダー



「一体どうしてこんな話になったのかなあ。これじゃ全然元の計画と違うじゃん……」

第一艦橋。窓から艦首を眺めれば、『あれは一体なんのためにあるのか』と聞かれて困る三つ〈ひ〉の字孔。視力検査のランドルト環(かん)のようにも見えるそれを見ながら南部が言った。C字型の環の切れ目は揃って上を向いてるが、眼鏡がなければ南部の目ではよく見えない。

「まあだいたい、波動砲が使えないのがいけないんだけど……」

「悪かったな、力になれんで」

徳川が言った。正規のクルーとして今この艦橋にいるのはこのふたりだけだ。他の席は代理の者が埋めている。波動砲が撃てぬ理由は元を正せばエンジンにあるが、だからと言って、

「いえ別に、機関長が悪いなんて全然思ってませんけど」

「できることなら〈スタンレー〉を吹き飛ばしたいんだろ」

「そりゃそうですよ。それがいちばんいいに決まってるじゃないですか」

「まあな。そりゃあ確かにそうだ。できるならばわしだって撃てるようにしたかったよ……だがなあ南部」

「なんですか?」

「もし仮りに、の話だぞ。冥王星にもしも生物がいたらどうする」

「ははは」笑った。「やめてくださいよ」

「わしはマジメなつもりだがな。もしあの星の海の中にクラゲか何かいたとして、波動砲が使用できるものとしよう。そして撃つか撃たぬかは、南部、お前が決めていいことにする……そしたらどうする。星を撃つか」

「やめましょうよ、そういう話は」

「いいや、わしはしておきたいな。地球に十億の人がいて、〈ノアの方舟〉の生物もいる。それに対して〈スタンレー〉は、いたとしてもせいぜいクラゲだ。地球の命と冥王星のたかがクラゲと、救うとしたらどちらを選ぶ」

「その質問はずるいですよ」

「答えたくないか? 答など決まりきっていそうだがな」

「ええ。そんなの決まってます」

「なのに口では言いたくない」

「どうするかはっきり言えとおっしゃるんですか」

「いいや、それはやめておこう。わしはむしろお前さんが言えないんで安心したよ」

「は? 何を……」

「南部」と言った。「ちょっと聞くけど、クラゲでなく、ミジンコかゾウリムシだったらどうだ。そのときはなんとも思わず平気で撃つか?」

「あはは。そんときゃそうでしょうね」

「ま、そんなもんだろな。どうせ人間、牛や豚を食って生きるもんなんだ。ハエや細菌を殺しながら――だから別に、それで悪くもないだろうよ。じゃあもうひとつどうだ。冥王星にクラゲがいるが、百匹ばかり捕まえて保護してやれることにする。その後でなら星を撃てるか?」

「機関長! そんな話はやめましょう!」

「わかった。無理に返答は聞かん」

「一体何が言いたいんですか」

「この船だよ。あの舳先の三つ〈ひ〉の字だ。あれが一体なんのためにああしてあるか知ってるだろう。ただの飾りだ。それ以外、なんの意味もありはしない」

「ええまあ……」

「それでも開けた。水上船が他の船に曳かせるときに鎖をかける鈎穴を――宇宙船ではそんなもの用がないにもかかわらずだ。この船を設計した人間が図面に描き込んだのだ。本当は〈やまと〉なんて名前の船は造りたくないと言いながら……なのにあえて、戦艦〈大和〉まんまの形にデザインした」

「そう聞いてますが」

「そうか。わしは本人に会った。話を聞かせてもらったよ。戦艦〈大和〉は、元々は、子供の夢をかなえる船であるべきはずだったのだと。自分はそう信じていると……」

正規の人員の代理としてそれぞれの席に就く者らが、窓の向こうに眼をやった。艦橋から望む〈ヤマト〉はまさしく船だ。星の海をゆく船だ。宇宙航行船としてはなんの意味もない波避け壁と、水上船が他の船に引っ張ってもらうための鈎穴を模した〈ひ〉の字孔。あれがあるため、〈ヤマト〉の形は傍目には余計にバカバカしく映る。まるで給食用スプーンにすら見える。にもかかわらずどうしてそれがあるかと言えば、

「あれって、ここに立つ人間の眼につくようにしてるんですね」島の代わりにいま席にいる操舵士が言った。「人類を……子供を救う船であるのを忘れることがないように……」

「そう。それだけで付いている。ほんとは自分も乗りたかったと言っていたよ。旧〈大和〉が造られた昭和初めの日本では、ずいぶん多くの少年向け冒険小説が書かれたそうだ。わしも読んだわけじゃないが、『敵中横断三百里』とか、『海底軍艦』なんて言うのが」

「ははは」と、新見の代わりの戦術士が言った。「それがこのぼくらの旅の〈原作〉っていうわけですね。だったらこれは、『敵中横断二九六千光年』だ」

「そうだな。そのテの本はほとんどが、東南アジアの国々で日本の若者が活躍するものだったと言う。当時のアジアは全域が、イギリスやフランスやらの植民地支配を受けていた。日本の中学くらいの子は胸躍らせて読んだのだ。日本人の主人公がアジアの国の独立を助けて悪の帝国と戦う話を……」

「ですが……」と森の代理。「それって、軍国主義の……」

「もちろんそうだ。だがそれまで、東洋人が欧米人から牛馬のような扱いを受けていたのは事実なのだ。日本が最初に奴隷支配をハネ退けた国であるのも確かなのだ。白人達はキリスト教の神の名の下に世界支配を正当化していた。有色人種が逆らえばそれは神への反逆とみなした。だから容赦なく弾圧し、彼らの建てた要塞の中で何万という民が首を吊るされていた。ただ見せしめのためだけにいいかげんにひったられてな」

相原に代わる通信士が、「それも元はと言えば、マゼラン……」

「そう。皮肉なものだがな。わしらはその名前が付いた星雲に行かなければならん。マゼランはマレー人の奴隷を旅に連れていた。南の島で彼の言葉が通じたときに〈西〉と〈東〉が繋がった。そこまでは間違いなくマゼランの手柄だ。マゼランは、マレーに着いたらその奴隷を自由にしてやると言っていたが……」

そこで徳川は言葉を切った。太田に代わる航海士が後を継いで、

「その前にマクタン島。約束は果たされなかった……そして続いて白人が来た。スタンレーの山脈も、オーエン・スタンレーという男に〈発見〉された……」

「そうだ」と徳川が言った。「マゼラン星雲また然り。ま、よかろうよ。名前なしでも困るだろうしな――日本人はマゼランに代わって約束を果たすはずだったのだ。フィリピンやマレーの民を奴隷支配から解放する。兵として船に乗り込んだ若者達は、少なくともそう信じていた。アジア圏の独立を助けて戦う冒険ロマン物語――少年の日に読んだ本の主人公に自分達がなった気で、舳先の向こうの海を見たのだ」

「だからぼくらもそうあれと……」と船務士。艦首フェアリーダーを見ながら、「〈やまと〉という名前の船はそうあらねばならないからと、だからわざわざこの形に造り上げて、あれを艦首に取り付けた……」

「そうだ。ここに立つ者は、あれを見るたびそのことを思い出さねばならんのだ。昭和の子供と同じ思いを胸に刻みつけねばならん。わかるな、南部」

「ええ。それはもちろんですが……」