ルーツの料理
散歩から帰ってみると、狭くは無い家中に、スパイシーな香りが充満していた。
香ばしく焦げた香りも一緒にしている。
その香りを発生させたであろう人物は、未だにキッチンと言う要塞に立てこもっているのだろう。
「あんなに料理に凝って、美味く作る腕があるとは思いもしなかったなぁ」
俺はそう独り言を言いながら、居城となっているキッチンへと足を進めた。
手には、道すがら眺めた綺麗な庭を褒めたら、それに気を良くしたご婦人から頂いた赤と白の花が付いた枝を持って
「食欲を誘う香りだな。シャア」
キッチンに入るなりそう告げると、彼は一瞬驚きに蒼天の瞳を見開いたが、すぐに嬉しそうに細めた。
「先ごろ手を貸したご老人から、狩りで仕留めたという肉を頂いてね。それを調理してみたのだよ」
「で? その料理って?」
「ジビエと言う」
「ジビエ?」
「ああ。私のルーツと言われる欧州の、野生動物の肉を使った料理の事をそう言うのだよ」
「へぇ〜。・・・焼いたのか?」
「ああ。岩塩で揉んで味をしみこませた後、庭で取ったハーブを使って臭みを取ってオーブンで焼いてみた」
「ちょっとした宴になりそうだな」
「もう少し冷めて脂が馴染んだら薄く切り分けて、今朝方、君が作った黒パンにザワークラウトと一緒に挟んで食べると良いと思ってね」
「それは良いな」
そう言った直後。俺の腹が物欲しそうに鳴いた。
「おやおや。君の胃袋はもう食べたがっているんだね」
可笑しそうに笑われて、俺は真っ赤になってしまった。
「しっ! 仕方ないだろ?! あんたの作る料理は、いつだってうまいんだから!!」
「そうか。旦那を捕まえておくには胃袋を掴めと言うそうだが、妻を逃がさない為にも有効なようだ」
「だっ!・・・誰が! つっ・・・妻・・・」
「君以外に私の妻は居ないと思ったのだが、違ったのかね?」
「・・・・・・・・・ちがわ・・・・・・・ない」
「良かった。違うと言われたら、私はこの料理に、私の涙と言う塩気を付加するところだったよ」
「・・・よくそうもサクサクと歯の浮きそうなセリフを吐けるもんだ」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「誰も褒めてないって」
胸に片手を当てて軽く会釈をされ、俺は脱力感を感じてキッチンに隣接する食堂の椅子に腰を下ろしながら返答をした。
「早く料理を持ってきて」
一刻も早く目の前からそのにやけた顔を消して欲しくてそう告げると
「畏まりました、ご主人様」
と、巫山戯た返答が返され、更に撃沈させられる。
オーブンへと身体を返した背中に向けて、俺は小さく呟いた。
「いつまで経っても、俺はあんたに口では勝てないなぁ」
「私は人生すべてにおいて、君と言う存在に勝てたと思えた事が無いからね。口で位勝たせておいてくれたまえよ」
まさか呟きを聞き漏らすことなく返答が来ると思ってなかった俺は、テーブルに懐くしかなくなったのだった。
2014.11.29