川澄君の苦悩
すいれんはため息をついて、自分の席へ座る。
『おはよ』
後ろから大好きな人の声が聞こえた。
『お…はよ…川澄君…』
そしてまたみんなの視線が集まる。見られるのも、川澄とのことを色々言われるのもすいれんにとっては不快だったが、それでも朝挨拶したり、教室で話したりするのはとても大事なことだった。
『なんか顔色…具合悪い?』
すいれんは頷くだけで返事をする。
(やっぱり…休めばよかった…)
今日は朝から生理痛が酷く、少し歩くだけでもお腹に鈍い痛みが走る。
それでも、川澄が気がついてくれたことが嬉しく、やっぱり学校に来て良かったと思うのだった。
『…大丈夫…だから…』
川澄は心配そうに見るが、それ以上は何も言わなかった。
2時間目の授業が終わって休み時間になると、すいれんは机に突っ伏してしまうほどの具合の悪さになっていた。
(も…帰りたい…けど…歩けない…)
川澄に頼れば、また他の男子たちが騒ぐことを思うと、簡単には頼れなかった。
(あやちゃん…のとこ…)
そう考えて立とうとすると、目眩がしてふらついた。
『大丈夫っすか!?』
力強い腕と安心する声に支えられてホッとするが、すぐに教室内がざわつき出す。
『高嶺ちゃんに触んな~川澄!!』
『高嶺ちゃん、なんか具合悪そうじゃね!?』
注目の的になっていることに、居たたまれなさを感じて自力で歩き出そうとするが、川澄にそれを阻まれひょいと横に抱っこされる。
それを見ていた周りの男子の悲鳴のような声は、すでにすいれんの耳にはとどいていなかったのが、不幸中の幸いだ。
『保健室…連れてく…』
『あ…りがと…』
2回目のお姫様抱っこにドキドキする余裕もないまま、保健室まで運ばれると、優しくベッドに下ろされた。
『保健の先生…いないな…』
『…うん…』
『横になってたら?…俺、先生呼んでくる…』
川澄はそう言って歩き出そうとするが、すいれんにシャツを掴まれ立ち止まる。
『…』
『…そばに…いて…』
『分かった』
横になるすいれんの手を握り椅子に腰掛けると、すぐにスースーという寝息が聞こえ始めた。
(睫毛…長いな…って俺何見てんだっ!!手握ったままだしっ!!)
赤く頬を染め、起こさないようゆっくりと手を離そうとするが、すいれんがぎゅっと握っているため離すことが出来なかった。しかし、それが堪らなく嬉しくなる。
(なんだ…俺…変だな…もっと触りてぇ…)
空いている手で髪を撫でると、すいれんが気持ち良さそうに吐息をもらす。
『…ん』
(もっと…触りたい…ってこれじゃあ俺、変態みたいじゃねーか!!)
それでも髪を撫でる手が止まらず、授業開始のチャイムが鳴っても川澄が教室に戻ることはなかった。
しばらくすると、すいれんが川澄が手を握っている側に寝返りを打ち、手を抱き枕のようにして眠り出した。
『…!!!』
声こそ出さなかったものの、真っ赤になりながら動くことも出来ずに俯く。
(む…胸が…当たってる…)
髪を撫でることも忘れて、どうしようかと思い悩んでいると、すいれんが抱き締める腕に力を込めた。
『か…わすみ…くん…』
寝言で言ったのは川澄の名前、どうしようもないほどの喜びが沸き上がると、その瞬間、分かってしまった。
世の中のカップルはどうしてあんなにもベタベタするのだろうと、いつも疑問を感じていたが、自分も同じことだ。
好きだから、この人のことを触りたくて、触ったら…止まらなくて、そういう想いを相手に伝えるためにキスやその他の行為をするのだと。
川澄は起こさないように、そっと腕を抜くと寝ているすいれんの頬にキスを落とした。
『お大事に…』
そのあと、教室に戻った川澄に男子たちの大ブーイングがあったことは言うまでもない。
Fin